第25話 それぞれの戦い(6 〜樹海は暗く…) 服はだいぶ乾いてきましたが、震えはまだ収まりません。カービィは両膝を抱えながら、じっと、暗い森の先を見つめていました。そうして睨み続けることで、少しでもこの恐怖から逃れようとするように。カービィの目には、薄い涙が浮かんでいました。もう、どうすればいいのか、何をすればいいのか、それすらもわかりません。カービィは小さくしゃくり上げ、ぐしぐしと目尻を拭います。 カービィは、グリルの言っていた“悪夢の迷宮”という言葉の意味を、痛感することになりました。 思っていたとおり、この世界は、カービィの「記憶」の世界です。カービィは、昔住んでいた島々から今住んでいるプププランドへ辿り着くまで、1年余りの長い旅をしてきました。それは、カービィの戦士としての能力や勘を養う事にもなりましたが……カービィに、今まで知らなかった寂しさや辛さ、痛みや恐怖を教えることにもなりました。 船が難破して、溺れかけて浜辺に打ち上げられ、そこで海賊まがいの男達に囚われそうになったけれど、何とか助かったこと……。砂漠のような場所で、何日も彷徨って体を壊してしまったこと……。深い森の中に迷い込み、寒さと恐怖に震えながら、朝が来るのを寝ないで待っていたこと……。今いるこの森こそが、その時の辛い記憶の具現化なのでしょう。 もちろん、旅は辛いことばかりではありませんでした。海で酷い目にあった時も、気の良い頭領に保護されて、何とか事なきを得ることができました。砂漠でもオアシスに辿り着き、その他、餓えや病気で倒れたときも、その都度何とか……“何とか”、なったのでした。……カービィ自身の実力や技能というよりは、運や周りの助けのお陰で。 旅をして、カービィはたくさんの人達に出会い、そして色々なことを知りました。色々な人がいました。カービィを傷つけて楽しもうとする人もいたし、そんな者達から守ってくれた人もいました。手助けしてくれる人もいれば、協力しようと言ってくる人もいました。全くの無関心の人もいれば、たくさん世話を焼いてくれる人もいました……。いい人も悪い人も、その両方である人も、わからないまま通り過ぎてしまった人も。カービィは、歩けば歩くほどに、たくさんの人と出会いました。 けれど、この迷宮の中は……どれだけ歩いても、同じです。深い森の中で怯えて、誰もいない事に怯えて、ただ身体を丸めていることしかできなかった、そんな世界。誰もいない。誰も助けてはくれない。 「でも、これが……普通、なのかな……。」 カービィは、ぽそりと呟きました。カチカチと歯が鳴り、唇は青く乾いています。カービィは俯き、自らを叱責するような調子で、続けます。 「今まで、みんなに助けてもらってばっかりで……なんにもできなかったから……。 これはその……罰なのかな……。」 この森の闇のような黒いもやが、カービィの目に宿っていました。頬に涙が伝います。それは冷たい涙でした。流せば流すほどに体温を奪うような、そんな涙でした。 カービィは悲しくて、辛くて、けれどどうにもならなくて……そして、どうにも出来ない自分が全て悪いのだと、そんな想いに取り憑かれて……。ただただ、悔しさの涙を流すことしかできませんでした。 ひどく、悲しい気分でした……。寂しい、気分でした……。自分の身体を抱くことしかできないのに、そんな自分がとても嫌な存在に思えて、なりませんでした……。 グリルの言葉が、頭の中で繰り返されます。 「出口は無い……悪夢は続いていく。」 「酷いナリだねぇ。星の戦士の名が聞いて呆れるよ……」 「まぁ、魔王様がいなくちゃ生きていられないような雑魚なんか、どうでもいいんだけどね……。」 ……誰かがいなくちゃ、生きていけない雑魚なんか、どうでもいい……。 カービィは、背筋をぶたれたかのような悪寒を感じて、ブルッと身体を震わせました。 ああ……そう、なんだ。そう……だよ、ね? 誰かがいなくちゃ、守られていなくちゃ生きていけない弱者は、切り捨てられても文句は言えない……。むしろ弱い我が身をかえりみるべきなのだ……。 カービィの中で、身を裂くような暗い感情が、ふつふつと湧き起こります。ぼくのせいだ。これは当然の報い。今まで守られてばかりだったから、いい加減独りになれって……。独りで生きていけなくちゃ、この世で生きる資格は無いんだって……。これは……ぼくは……――――。 ぐるぐるぐるぐる。頭の中で渦巻く、闇よりも深い悲しい感情。カービィは、声を殺して泣いていました。大声で嗚咽することすらできなかったのです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……弱くて、無知で、無力で……ごめんなさい……今まで守られてばかりで……なにもできなくて……ごめんなさい……――――。 お腹が、頭が痛くて、なんだか変な感じです。吐きそう、でもあり、眠りたい、でもありました。カービィはこの時、寒さと疲れから高熱を出していたのですが、彼はあまりに自虐の淵に閉じ込められていたせいで、そのことにも気づけませんでした。 木霊のように反復される、非難と否定の冷たいコーラス……。 身体の痛みよりも、心の痛みこそが、人の生気を奪い取ります。自虐の闇は何重にも心を縛り付けて、決して離そうとはしません。時間も場所もわからなくなるくらい、ぐるぐるとぐるぐると、ただただ続く痛みの迷路が待ち受けているだけなのです。カービィは、一歩も動けませんでした。身体はその場に座り込み、心は針山の上を裸足で歩き回り、どこへ行くこともできませんでした。 …………お兄ちゃん……。 口の中で、小さく呟いてみます。けれど心の中のなにかが、嘲笑うように、凶暴な声を上げました。 「まだ叱られ足りないのか。まだ兄に頼るとはな!バカめ、バカめ、バカめッ!! あまりにルビィに依存してたから、こうして引き離されることになったんだろう!? ルビィもお前という重荷がなくなって、清々してるだろうさ!」 「…………。」 高笑いが続きます。ずん、と、一言一言が心に重くのし掛かります。息切れしそうです。カービィの瞼が、重くなりました。 「……おにい……ちゃん…………大王…………グーイ……。 ……こわい…………恐いよぉ…………。」 「恐がればいい。それがお前が受けるべき罰なのだから……苦しんで苦しんで苦しんで、けれどそれはお前の報いなんだ……。受けるべき罰なんだ! 苦しめばいい苦しめばいい苦しめばいい苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ……」 ぐちゃぐちゃの思考のなかで、誰の声かもわからない声が、カービィを追い立てます。 カービィは逃げ場のない檻の中で、泣きながら叫んでいました。お兄ちゃん!大王!グーイ!メタ!ドゥ! ぼくは、ここにいるよ……ぼくは、ここにいるよ……。 誰もいない世界なんて、もう、嫌…! 「誰か……誰かぁぁぁッ!! 恐い、……恐いよぉっ!恐いよぉおおおおおおおお!!!」 サァァァァァアアアア――――! カービィの身体が、真っ白に光り輝きます。 闇を塗りつぶすほどの閃光が、森の木々を緑色に煌めかせました。 「ああ……そこにいたのか!」 誰かが、ニカッと笑います。カービィは突然の輝きに目を奪われ、呆然と立ち竦んでいました。 ガッ! 「!」 カービィの腕が、誰かに強く掴まれます。 「はぐれんじゃねーぞぉ……ヒロイン様よぉ!」 その声を最後に、2人の姿は掻き消え……後には再び、静かな森だけがそこに残されました。しかし、森は次第に姿を失っていきます……。葉や草や木々の影が、ぼんやりと霞んで消えました。 “悪夢”を見る者がいなくなったその世界は、役目を終え、闇へと還ってゆきました――――。 パシュッ… カービィは、元の世界へと戻って来ました。……元の世界、といっても、ここは未だ「鏡の国」の中。空間のねじれた不条理の世界ですが……それでも、ここセントラル・サークルは、一度来たことのある場所です。カービィの記憶を肯定するように、その美しい神殿は、サスケやエリザの攻撃により半壊したままでした。カービィは、ハァハァと息を吐きながら、ぺたりとそこに座り込んでしまいました。 「おいおい……大丈夫か? 立てるか?」 灰色の髪の男が、カービィに声をかけ、手を差し出します。カービィは差し出されたその手を握ろうとしましたが……その男の顔を見た瞬間、驚きのあまり腕を引っ込めてしまいました。 カービィの目の前に、まるで鏡に映ったかのような、瓜二つの顔があります。背格好も、衣装も、全てが一緒です。……所々、色は違っているようでしたが……とにかくその、灰色であるということ以外、カービィと目の前の男の、相違点は見つけられません。カービィは、身を縮ませながら目の前の男を見つめていました。男もまた、ポリポリと頭を掻きながら……照れくさそうに、笑いかけます。 「悪ぃ、自己紹介がまだだったな。 オレ様の名前は……そうだなぁ、“影(シャドー)”……とでも名乗っておこうか? ……まだちょいと足りないかな……。まぁ、オレはお前の姿を借りてる訳なんだな。まぁそういうわけで、“シャドーカービィ”……っていうのが正しいかな? ……まだよくわかんない?……だよなぁ。」 一人でブツブツ言いながら、説明を考えるシャドー。カービィはぽかんとしながらも、シャドーに対して抱いていた微かな恐怖や不安は、既に消え去っていました。カービィは、クスクスと笑い出します。シャドーもそれにつられてか、にこりとした柔らかな笑みを浮かべていました。 「……あの、シャドー? ……助けてくれて……ありがとう。それと……さっきはビックリしちゃって、ごめんね。」 「いいってことよぉ、君みたいなかわい子ちゃんを助ける騎士(ナイト)の役に仰せつかったんだからな!勿体ないお言葉ですぜ、お姫様……」 シャドーはそう言うと、カービィの手の甲に小さなキスを落しました。カービィは少し照れくさそうにしましたが、すぐに元の、安心したようなにこにこ顔に戻ります。……その顔が妙に赤く、掌の温度が高かったことに……シャドーは、ふと気が付きました。ふざけ顔を引っ込め、眉をひそめてカービィの額にそっと触れます。カービィは、ぼうっとした目でそれを受け入れていました。その拍子に、くらりと、ふらつきます。シャドーは慌てて、カービィの腰を抱きかかえました。……熱があります。それも、危ないくらいの……高熱です。シャドーの顔が、憎々しげに歪みました。 「……グリルの幻覚は、強烈だ。奴の造る“悪夢”は、魔王ナイトメア直伝のものだからな……。 精神攻撃に水責め、おまけに森の中でびしょ濡れで放置プレイ……熱でも出ねぇ方がおかしいってか。クソ!」 「…ふぁ……しゃどー……。」 カービィの瞳が、不安げに動きます。シャドーは、カービィを安心させるように、数度、背中を軽く叩きました。その表情は、優しくもありましたが……同時にどこか、複雑そうな感情を孕んでいました。……カービィはぼうっとしていて、その微かな感情の動きを理解することができませんでしたが。 「心配すんな、お姫様……オレが何とかしてやるよ。だからちょっとだけ、オレに身体を預けてくんねぇか? ……オレを信用しろ、ってことなんだが。」 カービィは少しだけ戸惑った様子でしたが……信用しろ、と言われたと同時に、こくりと小さく頷いていました。シャドーはそれに頷き返し、よっこらせっと、カービィを背負います。……まるっきり一緒の背丈の少年2人が、こうして片方をおんぶするというのもおかしな光景でしたが、シャドーはカービィの体重など全く気にもしない様子で、せかせかと歩きます。どうやら、向かいたい鏡があるようです。カービィはシャドーの背中の上で、小さく……本当に小さく、呟きました。 「……ごめんね……。」 「え?」 シャドーにはその、雪の粒のように小さな一言が、届いたようです。カービィは、熱い瞼をシャドーの背中に押し当てながら、続けます。 「……ぼくが弱いせいで、みんなに迷惑をかけてたんだ…… 守られてばかりで、助けられてばかりで……今だって、シャドーにおぶって貰ってる。 ……すごく、情けなく思えて……ぼくが、ぼくを嫌いになりそうで……独りだと、とんでもなく弱くて、なにもできないんだって思うと……悲しくて、寂しかった……。」 「…………。」 シャドーはじっと、カービィの声に耳を傾けていました。カービィも、今まで言葉にできなかった、知らなかった暗い想いを我慢することが出来なくなって、ぽろぽろと、堰を切ったように喋り続けていました。 「弱くて、ごめんねって……守られてばかりで、ごめんねって……。 だけど、いきなり変わることができなくて……強くなろうと思っても、簡単にはいかなくて……また、誰かに頼ってしまって…… それがすごく……すごく、…………痛かった……。だからグリルの迷宮に巻き込まれたとき……これはぼくへの罰なんだって、そう思ったんだ……。 弱いぼくへの……報いなんだ、って……。」 カービィはそこまで言い、口を閉じました。目の中が熱くなり、唇が震えます。シャドーは更に、数秒ほど黙っていましたが……ふーっと、息を吐き出しました。そして、ゆっくりと、カービィに語りかけます。 「……弱いのって、そんなにマズイことか? オレはそうは思わねーぜ。」 「え…?」 カービィは、シャドーの背中の上で、きょとんとしているようでした。シャドーは一度カービィを降ろし、ポケットをごそごそと探りはじめます。取り出したのは、既に減りつつある煙草の箱でした。ロゴには“seven stars”と銘打たれています。 「煙、ダメか?」 一度振り返り、訊きました。カービィは、煙草、というものがどういうものかもよく知らなかったので、不思議そうにしつつも、ふるふると首を振りました。シャドーはニヤリと笑うと、パチンッ、と、指を鳴らしました。ボンッ! 小さな破裂音がしたかと思うと、シャドーの指先に炎が灯ります。シャドーはその炎で器用に煙草に火を付けると、美味しそうにそれを吸い始めました。カービィが呆気にとられていると、イタズラっぽく笑い、「お前にもすぐ出来るようになる」、と、言いました。 並んで神殿の縁に座りながら、2人は空を眺めていました。カービィは、微かな煙の香りにぼうっとして、うつらうつらとしています。シャドーもぼうっとしながら煙草を吸っていましたが、次第にカービィが咳き込むようになり、慌てて火を消しました。弱く燻り、薄くなっていく煙の筋を眺めながら……シャドーは、小さな声で語ります。 「……自分が弱い、って思った時に、誰かに助けを求めるのは……自然なことだと思うぜ。……守りたいとか、守って欲しいとか、そういうのって、絶対あるもん。 いや、ほらオレだってさぁ……あんまりオトナなこと言ねーけど、その……絶対こいつと一緒にいたいとか、こいつ守れねーくらいだったら死んだ方がマシだー、とかさ……色々、考えちまうからさぁ。 おめぇと一緒にいたいとか、おめぇを守りたいとか思ってる奴って、やっぱそれだけお前のこと想ってるから……じゃないかな。だったら、そいつらに甘えたっていいんじゃね? そいつらだって、きっとお前の気づいてない所で、お前に甘えてんだよ。お前から色々なもん貰ってんだよ。交換してんだ。こう……色々なもんをさ。だから……気にしなくていいと思うぜ? それにお前はさ……いい子なんだから。」 シャドーはそこまで畳みかけると、また照れくさそうに頭を掻きました。カービィはぼんやりとそれを聞きながらも……その言葉が、胸に入っていくのを感じていました。胸に入り、昇華し、ふわふわと明るく漂うのを……感じていました。闇を散らす、光る雲のようでした。 「……なぁ。報いとかさ、罰とかさ……いいじゃん。考えなくて。 そりゃあ、そういうのを受ける日は、いつか来るかもしれねぇよ……いや、来るだろうよ。時が来ればな。でも、生きてる限りは……その時じゃないと思うぜ。だから……くよくよすんなよ。な? それに、お前……言ったろ? 恐いって。叫んで、呼んだんだろ? 誰かをさ。」 シャドーの言葉に、カービィは頷きます。シャドーはにっこりと、笑いました。 「だから、オレはお前を見つけられたんだ。お前を助けられたんだ。 お前が叫んでくれたから、オレはお前の所へ行けた。な?やってみるもんだろ? 辛いときは叫べばいいんだ。きっと誰かが聞いててくれる……その賭けに乗ればいいんだよ。助けてもらえるか、そうでないか……危機一髪になれば、強いも弱いも関係ねーよ。その時助けてくれる人がいるかどうかも、てめぇの「力」なんだからさ。」 「…………。」 カービィは、じっと、シャドーを見つめていました。そして……笑いました。ふにゃりと、全ての力が抜けたような、柔らかな微笑みでした。 「ありがとう……シャドー。」 カービィの心に、もう、暗い想いはありませんでした。……いえ、そういう落とし穴のような何かは、いつでもぽっかりと口を開けているものです。しかしカービィは、その穴に落ちかけて……なんとか、脱出することができました。心には再び光が灯り、前を向けるようになりました。足下や後ろだけでなく、しっかりと前を見つめる光を。 そしてカービィの目の前には、苦手そうな顔をしたシャドーがいます。照れくさそうに、苦手そうに、よせやい、とでもいう風に……シャドーは、ぎこちなく笑っていました。 「……どういたしまして……とでも言えば、いいんかな? よくわかんねぇや……悪いな。馴れてねぇもんで…… ……あー!恥ずかしい…!らしくもねぇ……くそぉ〜〜〜…ッ! 腹いせだ、ケツ触ってやる!」 「きゃっ!?」 風のような早業で、シャドーはカービィのお尻を掠めます。カービィはム〜っとした顔をシャドーに向けていました……すぐに、笑い出しました。シャドーもそれに続きます。 それからは、再びシャドーの背中におぶさり……また、目指す鏡へと向かいました。近いようで遠い道のりに、カービィは眠気を感じていました……元々ぼんやりしていた頭に、霧がかかったようになります……。 「……でも、やっぱり不思議だなぁ……この国は、すごく変な事ばっかり起きるって思ってたけど……シャドーやエリザみたいな誰かのそっくりさんも、たくさんいるのかな…?」 その問いかけに、シャドーはうーんと首を捻ります。 「そうだなぁ……オレとエリザはまぁアレだ、本当は別の姿なんだけどな、お前達がこの国に入ってきたのを転機?に……衣替え、っていうのかな。ちょっとカタチを拝借したんだ……変な感じだろ? 悪いな。オレもオレのそっくりさんといきなり出会ったら、たまげるし、気味悪ぃ。」 「……確かに、ちょっとビックリしたなぁ……でも、気味悪くはないよ……。今は、もう……。」 カービィの声は、もうずいぶん眠たそうになっていました。よっ、という掛け声と共に、一度カービィをおぶり直します。入り口は目の前でした。 「この国はなぁ、まぁお前達の世界の、パラレルワールドみたいな世界なんだ。だから誰かのそっくりさんも、もうちょいたくさんいるかもなぁ……ま、出会ったら驚いてみろよ。この国の奴らはみんな冗談好きだから、誰かとそっくりだって教えてやれば、喜ぶぜ。」 カービィはシャドーの背中の上で、小さく笑います。 シャドーもまた、カービィを背中に背負いながら、ニヤリと笑っていました。 蒼い装飾の鏡の中を、くぐります……―――― ズ ン ッ 衝撃と共に、カービィは雪の大地に放り出されました。突然の寒さに、意識が覚醒します。 どうやら、何かに投げ飛ばされ……シャドーの背中から、転げ落ちてしまったようです。口を開けたら、中に冷風が吹き込みました……たまらず咳をして、きょろきょろとシャドーを探します。 「シャドー?シャドー!? どうしたの!?ここは……――――」 カービィはそれ以上、言葉を続けることが出来ませんでした。 白く煙る視界の先……実際は数十mも離れていないでしょうが、吹雪のせいで異常に遠く見えるそこに……シャドーは、いました。しかし、立っても座ってもいませんでした。……何かに、宙づりにされていたのです。……更に、シャドーの頭の上を見ます。金属質の大きな何かが、シャドーの頭を掴み上げ、ぶら下げていました。ずいぶん乱暴です。ブンブンと揺らされる度に、シャドーの首がミシッという嫌な音を立てます。カービィはたまらず悲鳴を上げました。 「あっ……ああああああああ!シャドー!!シャドォォォォォォォー!!!」 金属質の何か……ロボットのような何かは、カービィの方を振り返りました。それは……巨大なメカノイドでした。銀の繋ぎ目、青いボディ……しかし、本来ならそこに「頭部」があるべき場所には、首と思われる接続部分の暗い穴が空いているだけで、何もありません。首のないロボットは、低い声で言いました。口も無いのに、どこから音声を発しているのかはわかりませんでしたが……それは、地の底から響くように低い声でした。 「……星の戦士……カービィ、か。……やはり来ていたのだな。」 「……!?」 何故、この見知らぬロボットがカービィの事を知っているのか……彼本人には、何もわかりませんでした。シャドーといいグリルといい、誰も彼もがカービィのことを知っているようで、不気味な気分になります……けれどカービィにはそれ以上に、シャドーのことが心配でした。シャドーは大きく咳き込むと、ペッと、血で汚れた唾を吐き出します。 「……メガタイタン……何の用だ? ずいぶんな歓迎じゃねぇか……オレを誰だと思ってやがる!?」 メガタイタンは……けれど、不敵に笑うだけでした。重機が笑った、と書いてもそれは理解の範疇を超えるでしょうが……とにかく彼は、笑ったのでした。低い声で、フフフ……と。 「わかってるさ……シャドーよ。だが、俺にものっぺきならぬ事情があってね……“ヘッド”の行方を知らないか。」 シャドーは、吐き捨てるように返します。 「知らねぇよ。 ……おい、これで満足か? だったら早くオレ様を降ろしやがれ、このポンコツがァ!!」 吠えました。目を剥き、口を大きく歪めながら、狂犬のように吠えました。さっきまでカービィと交わしていた優しい表情からは想像も出来ない……憎悪と敵意に満ちた表情でした。メガタイタンは、フッと笑います……しかし、カービィにはその表情が、残酷な冷笑にしか聞こえませんでした……。 「……いいだろう、降ろしてやる……それにせっかくだ、観客もいることだし……。」 カービィは、寒気を感じました。 吹雪や熱のせいだけではありません。本当に邪悪な、何かを感じて……鳥肌が、立ちました。 「ちょっとしたショーを、お見せしよう。」 ……本来なら、カービィはそのようなものを、見るべきではなかったのです。いや、誰に見せるにしても、その“ショー”には映像規制がかかるべきでした。 メガタイタンが、ギュッと、掌を強く握りました。 それだけでした。ぷしりっ、という、鈍い音がしました。 シャドーの頭が、破裂した音です。白い雪に、真っ赤な血が飛び散りましたが、すぐに吹雪に掻き消されました。メガタイタンの銀色の指先に、それは赤黒く滴っています。グシャグシャグシャ……。手の中身を、粉を擦るように滅茶苦茶にしました。骨が崩れる音なのか、髪が擦れる音なのか、皮膚が破ける音なのか、それとももう、シャドーの頭が原形すら無くし、ただの血肉の塊となってしまった音なのか……カービィには、わかりません。ぼたぼたと、何かが落ちていきましたが、カービィはそれを見ることもありませんでした。ブチッ、と、シャドーの首がメガタイタンの手から離れ、下に落ちます。どしゃっ! ……シャドーの肢体はビクビクと痙攣していましたが、それは揺るぎない「死」の証拠となりました。 カービィは、呆然としていました。 そしてあまりの光景に、次の瞬間には……雪の上に、嘔吐していました。 吹雪が音を掻き消します。 メガタイタンは高笑いしました。 「カービィ殿、これは失礼。品がないショーで申し訳なかったな! 素材が素材だった故、見苦しいものをお見せした!」 その声には、明らかな嘲笑が含まれていました。シャドーとの会話で、ようやく落ち着いてきたカービィの頭が、再び混沌に飲み込まれかけます。あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ。シャドー?シャドー?シャドー? 「…しゃ……ド。……シャドー? ……あ……シャドー?シャドー? ……そん……な……――――」 血が、辺り中に飛び散っていました。カービィの頬にも、服にも、それはへばりついていました……赤い勲章のように、輝いていました。カービィの瞳が、その色を反射して、歪みます。泣き叫びながら、シャドーの方へと駆けよりました。 「いやぁあああああああ!!シャドー!シャドォォォォォオオオオオオオオ!!!」 バキッ! カービィが薙ぎ倒されます。メガタイタンの4つの腕の内一つが、カービィを強く振り払ったのです。カービィの身体が雪の上をゴロゴロと転がり、氷の粒で擦れた小さな切傷が、いくつも付きました。痛みに呻き……立ち上がろうとしましたが、うまくいきません。視界がぐにゃぐにゃして、わけがわからなくて……シャドーがあっさりと殺されてしまったのが、信じられなくて……。カービィは、また少し吐いてしまいました。ひくっ、ひくっとしゃくり上げ、涙を止めることができませんでした。 「……そんな……シャドー……しゃどぉぉぉ…ッ!」 カービィの肩に、雪が積もります。 白い雪が、無情に積もってゆきます――――。 ぱさっ、ぱさっ…… ……その雪を、誰かが払ってくれました。 カービィは、顔を上げます。 ……シャドーが、そこには立っていました。 雪の中で、吹雪の白い背景の中で、まるで黒い影がぽつりと浮かんでいるように……シャドーの灰色の髪が、風に揺らされていました。 そう、それは紛れもない、シャドーカービィ……その人です。 メガタイタンに捕まり、殺されたシャドー……。今ここに、しっかりと立っているのも、シャドー……。 カービィは、再び呆然としてしまいました。シャドーは、カービィの耳元で囁きます……。その声も表情も固く、声は小さいものでしたが……カービィは、その一言を聴き取りました。 「……オレは、お前が生きてる限り……死なないんだ。」 カービィが、シャドーを見つめ返します。 シャドーは、ぎこちなく笑っていました……。 「オレ、お前の姿を借りたって、言ったろ? だから……お前が生き続けている限り、オレは不死身なんだ…。すぐに再生する。お前の姿を借り直して……こうして、元通りになる……。」 本当は、もうちょい黙ってるつもりだった……シャドーが、掠れた声で言います。カービィの頬に伝った涙を拭ってやり、彼らの後ろを指差しました。 「カービィ、オレが指差す方向へ、急いで走れ。その内、小屋が見えてくる……その小屋の扉を、ガンガン叩け。助けを求めるんだ。……これは賭だが、たぶんその中の奴は……熱のあるお前を雪の中に放り投げたりはしない。 オレは、あの畜生ロボットを食い止める……なぁに、さっきのようにはならねーよ……それに、見たろ? オレは不死身だ。大丈夫……。」 シャドーは、カービィに対して繰り返します。……カービィは、混乱して滅茶苦茶になった思考の中で、ただ素直に頷きました。その目は全てに怯えきり、ブルブルと震えていました……シャドーは最後に、カービィの肩をぎゅっと抱きしめます。カービィの身体は冷え切っていたのに、シャドーの身体はそれ以上に、死体のように冷ややかでした。 「……気味悪いもん見せたな……ごめんな。……またな、カービィ…………いつかまた、会えるよ。」 そう、呟きました。カービィはただ……こくりと、頷くことしか、出来ませんでした。 シャドーが、カービィの肩を押します。 「さあ走れ!」 それを合図にしたかのように、カービィはがむしゃらに走り出しました。足がもつれ、気分が悪く、平行感覚が無くなりそうでしたが……ただただ真っ直ぐ、シャドーの指差した方へと、走り出しました。 シャドーはその後ろ姿を見届け、くるりと、踵を返します。 シャドーの目は、怒りに燃えていました。 怒りと憎しみ、そして純粋な……不機嫌さ。メガタイタンは、微かに身じろぎをします……しかしすぐに、シャドーを睨み返しました。 シャドーが、嘲るように鼻を鳴らします。 「いい度胸だ。“ポンコツ女神”の“ポンコツ番犬”め……オレ様で遊ぶからには、それなりのお手当が必要だぜぇ…? そんなことも忘れたっていうんなら、思い出させてやろうか?オイ……。」 ザクッ、ザクッ、ザクッ……シャドーが一歩進む毎に、吹雪が弱まり、ついに止まります。ザクッ、ザクッ、ザクッ。足跡が深く残り、そこから白い筋が立ち上りました……それは、風でした。不可思議な風が雪を巻き上げ……白い渦と成していました。シャドーの目は、もう笑っていませんでした。口元だけが黒い三日月のように、ぽっかりと笑みの形を作っているだけでした。 「本当の“喜劇(ショー)”って奴を、教えてやるよぉぉ…………ヒヒ。ヒヒヒヒヒヒヒヒ。ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」 狂ったような笑い声が、白いペパーミントパレスの大地に響きます。 しかしそれが、誰の笑い声なのか、わかった人はいないでしょう……極寒の地に、他には誰も、出歩いてはいませんでしたから。 もし聞いていたとしても、きっとすぐに、忘れようとするでしょう……。 悪魔の呼び声に耳を傾けてはならぬ。 悪魔の嘲笑を聞いてはならぬ……。 耳を塞ぎ、己にそう言い聞かせながら……――――。 |