第22話 それぞれの戦い(3 〜ミラクルマターの追憶)



 ミラクルマター達に捕われたダークマター村の捕虜達が、それぞれの思いと決意を胸に抱き、また、アクエリアスとバーストフレアが彼らの世話に奔走していたのとほとんど同時刻……場所も同じく“タワーズ”内の別室で、ミラクルマターはあることを考えていました。
 その部屋は白く清潔で、病院の一室を思わせました。いや、その通り、その部屋は“タワーズ”内の医務室代わりの部屋でした。ミラクルマターの傍らでは、パルが深い眠りに就いています。
 丁度その日のお昼頃、“タワーズ”に侵入者が現れました。ミラクルマター達が探し求めていた存在「マルク」と、彼と行動を共にしている青年、「タトゥー」です。パルは、村の方にいたミラクルマター達に代わり、彼らと対峙しましたが、マルクの魔力に押され、捕り逃がしてしまいます。ミラクルマターは、その時の戦いでパルを吹き飛ばしたのであろうマルクの「魔法」の一端を、その目で見ていました。
「…………。」
 パルは、決して弱いダークマターではありません。本気を出せば、アクエリアスやバーストフレアに匹敵し得る程の力を持っていると言うことも、ミラクルマターは知っていました。彼の役目はあくまで「雑用」であり、あまり戦闘に出させたことはありませんでしたが……それでも、パルが一撃で負けさせられたということは、少々信じがたい事実でした。
 ……あの、マルクという子供は、どれほどの謎を隠し持っているのだろうか…?
「………………。」
 マルク自身のことだけではありません。そもそも自分達がこうしてマルクを狙っているのも、ゼロアの命令だからという、ただそれだけの理由です。
 ゼロア様は、マルクのどんな秘密を知っておられるのか。そしてそれを、何に利用なさるおつもりなのか……。
 ……ミラクルマターには、もう一つ、微かな引っかかりがありました。
 マルクと行動を共にしていた青年。マルクの保護者……。タトゥーです。
 ……あの顔。あの声……どこかで知ってる。……見覚えが、ある……だが、それが思い出せない。
(タトゥー……タトゥー、か。……どっかで、聞いたことが…………)
 この村の他のダークマター達と比べれば、多少は強いのかもしれませんが、それでも、タトゥーからは大した気迫や強さ、魔力、そういったものは感じませんでした。ただの経験の足りないガキ。足りない分は運で補うような、そんな、まだまだ幼い存在でした。
(……気のせいかのぉ。)
 ミラクルマターは、うーんと軽く唸り、ギシリと、椅子に背中を預けます。ミラクルマターは正直、彼にとっての「弱くてつまらない存在」をいちいち覚えるということが、得意ではありませんでした。今までタトゥーのような青年と会ったことがあっただろうか、と思い返してみても、特に思い当たる節はありません。
 それに、タトゥー達の追跡は“タワーズ”に侵入した時点でパルに丸投げしてしまったので、ミラクルマター自身がタトゥーと接した時間というのは、ほとんどありませんでした。
 その時のことを思い出し、悩ましくしかめていた血の色の目が、スッと、細くなります。



 ―――ここがファイナルスターか……なんじゃ、辺鄙な星じゃのぉ。
 まぁええわい……おどれら、マルクを知らんか?
 知っとるんなら……出せぇや。
 ―――…ま……マターちゃん、この人……イヤなのサ、…恐い…!
 ―――クゥッ…! お、おいおっさん!どこの誰だか知らねぇけど、ここにそんな奴はいねーぜ!さっさと帰ることをお薦めするッ、残念ながらこの村に居たってお茶の一杯も出せねぇんでな!
 ―――……ハッハ、どうやらそのようじゃのぉ……こんなケチくさい村に、長居をしたい理由もありゃせん……
 ―――なっにィィィィ〜〜…!? おい……お前、この村の悪口言うんじゃねぇよ!!この村はなぁ、この村は、オレの…………
 ―――? オレの……なんじゃ?
 ―――…………………。
 ―――黙っとったらわからんがな。しゃあないのぉ……そこの後ろのチビ、何か言うことあるかのぉ? それとも……“マルク”、と呼んでもらわんと、答えられんか?
 ―――ッ、ヒッ…!
 ―――……ダメだ…………逃げろ、マルク!!
 ―――逃がさん!!



 ミラクルマターはそこまで回想し、ふーっと溜息を吐きました。この後の件については流石の彼も、自分の思い上がりや不足についてを反省しなければなりません。
 ……一言で説明するとすれば、彼は、マルクとタトゥーを庇うために総出で対抗してきた村人達を片づけるのに、思った以上に時間がかかってしまった、ということでしょうか。なるべく殺さないようにしようにも、老人子供相手では威嚇射撃にさえ注意を払わなくてはなりません。ミラクルマターは最強の侵略者でしたが、同時に命や人格を重んじるタイプの人でもありました。まぁともあれ、死に物狂いで寄ってたかって、しがみつけるのならばどこにでも、という勢いのダークマター村の人々に、ついつい時間をかけている間に、すっかり“タワーズ”への侵入を許してしまった訳です。そして……マルクとタトゥーをまんまと逃がし、パルが、こんな目に遭ってしまった。リーダーである、ミラクルマターの責任です。彼は再び、溜息を吐きました。
「…………。」
 目覚めないパルが心配である反面、頭の中には、交互にタトゥーの顔が浮かんできます。そして、「オレの……」と言いかけた後の、ショックを受け、うなだれたような一瞬の表情と。
 彼は、あの時何を言おうとしたのか? ……もちろん、これは全く、大した問題ではありません。貧乏過疎地の青年の過去が、自分に何の関係があるというのでしょうか。
 ……それでも。
 ……そうと、わかっていても。
 どうにも引っ掛かる……あの言葉。あの表情。……タトゥーの目、声、雰囲気やその他……様々な部分。
 ……何か、何かを……見落としている。……忘れている。
 …………ハッ、お笑いじゃ……“タワーズ”の指揮官にして最強の闇の軍を率いるこのミラクルマターが、ど忘れで悩むたぁ…………。
 …………。
 ……それでも。
 あの声は。
 あの、顔は……――――
「…………ッ」
 頭が痛み、彼は思わず目を閉じました。
 その閉じた瞳の奥で、一つの景色がフラッシュバックします。
 その景色の中では、一人の女性が微笑んでいました。いかにも機嫌良さそうに、幸せそうに、……楽しそうに。



 ―――あたし、ダンサー! あたしこれから、ダンサーって名乗るわ!
 ―――だっ…………はぁああああ!!? おどれ……自分で何を言うとるか……わかっとるんか…?
 ―――わーかってるわよぉ、見た目に似合わず細かいなー。男はね、もっと堂々と!心を広く!ガツンッ、と構えるくらいじゃなきゃダメ!
 ―――ガ……ガツン…………なんのこっちゃ……
 ―――あははっ、困った顔も結構かわいいじゃない? …………軍「緋色」指揮官、…ヴァー……、 …



「…う………うっ、……ん…」
「!」
 ミラクルマターはその呻き声で、雑音混じりの記憶の断片を手繰る旅から解放されました。急いでベッドを覗き込むと、パルが薄目を開け、苦しそうに息をしていました。ミラクルマターは、それでも彼が目を覚ましたことに安堵し、固いながらも笑みを浮かべることができました。額の汗を、拭ってやります。
「パル……大丈夫か? 苦しかったら、もうちぃと寝ときぃ……何か欲しいもん、あるか?」
「……ハァ……ハァ……ッ、…ミ、ラ………様、…………水………」
「水か! よっしゃ、ちょいと待っとれぇー!」
 すぐに、水差しに新鮮な水を汲んでやろうと立ち上がります。僅かでもパルが意欲を示してくれたことが嬉しく、それにすぐに応えてやりたかったからでした。
 つまり、この時のミラクルマターは、完全に無防備でした。
 ……なので、でしょう。自分の脇腹が鋭い何かで刺されていることに気が付いたのも、一瞬遅れた後、赤い血がぷしりと吹き出す、その時になってからでした。
 ミラクルマターは珍妙な面持ちで、自分の腹から生えている、その奇抜なアクセサリーを見下ろしました。
「……お…?」
 ずぢり。
 ……微かな音を立てて、その鋭い爪が引き抜かれます。ミラクルマターの腹から、ポタポタと赤い血が、垂れ落ちていきました。彼は、そこに片手を当て、もう片手で水差しを持ったまま、後ろを振り返りました。
「…ず、……らない。……違う違う違う……そんなのが欲しいんじゃない、もっと血…………欲しい。欲しい。水……違う。そんなの俺じゃない。俺じゃない? あれれ? 俺じゃない。違う違う……」
 パルは、何かを言っていました。彼は、不安そうな目で、ふるふると震える自分の両手を見つめます。その片手は、ミラクルマターの血で真っ赤に染まっていました。おずおずとその掌を口元に近づけ、その味を確かめるかのように、ねたりとした舌で、ゆっくりと、その血を、啜りました。
 パルはそこで、にまぁっと、笑いました。
 それは、狂人の笑みでした。
「血だ。これは血ですか? 誰の。忘れてはいけない……忘れてはいけないんだ…………決して。許されてはいけない…………血だ。血ですか? さあ誰の。誰の血だ。答えろ! 俺はどうして?
……捕り損ねた……怒られる……誤った……しくじった……怒られる……今度は逃がさない……逃がしてはいけない……。命令。命令だ。俺はどうしてあの時も? あの時も? しくじった…………ごめんなさい。
今度は逃がさない……命令! ミラ様の命令だ!! 逃がさない!!!!」
 ドクンッ
 パルの心臓が、大きく跳ね上がります。まるで、それが合図だったかのように、パルはミラクルマターへと掴みかかりました。