第21話 それぞれの戦い(2 〜捕虜たち)



 ファイナルスターは暗く、冷たく、静かでした。荒涼とした大地に、乾いた風ばかりが吹き抜けていきます。乾燥した土埃が、ぼうぼうと、大気を汚していきました。
「はぁ〜い、皆さんこっちこっちぃー!」
「ゴ……ゴ、ツいてこい……ゴ。」
 元気にピョンピョンと跳ね回るアクエリアスを先頭に、年老いたダークマター達がぞろぞろと、ミラクルマター達の戦艦……“タワーズ”に入り込んでいきます。タトゥー達が迷い込んだ、侵入者用の偽の入り口からではありません。ちゃんと、何の魔法もかけられていない、「安全な」入り口です。結局、村人達は全員捕まり、タトゥーとマルクが捕獲されるまでの人質として、連れて行かれることになったのでした。もちろん、彼らも精一杯抵抗はしました。しかし、元々力も少ない老いた、もしくは幼すぎる彼らは、アクエリアスやバーストフレアの強すぎる力の前に、太刀打ちすらできませんでした。蛙の面に水、という感じです。
 しかし、最初は捕虜として捕まることに相当難色を示していた彼らも……“タワーズ”内部に足を踏み入れ1分くらいで、ほとんど同じ結論に至ることになりました。曰く、「ファイナルスターよりはマシかもしれない」。
 過酷で痩せ衰えた星、ファイナルスター。元々ナイトメア率いる魔獣軍の養成試験場として植民地化され、使い潰されて捨てられた星です。空も大地も荒れ果て、水は涸れ、砂と岩ばかりが残った寒々しい土地……そんな環境に耐えながら、長年暮らしてきたのです。
「……のう、アクエリアス…さん?」
 ふいに、老人の一人がおずおずと話しかけます。アクエリアスは、ん?、と、笑いながら聞き返しました。
「なぁにー?」
「……ここでは、食事は出るのかの?」
 その頃には、全員が彼とアクエリアスの会話に耳を傾けていました。正直、ダークマターという存在自体に、食事は必要ありません。しかし、「食べる」ことは彼らにとって最上級の娯楽であり、また、特別彼らは他から闇エネルギーを摂取する術を持たなかった為、「食事」などで「物質」を得て、それを力に変えるということは、必要不可欠な行為でした。
 アクエリアスはにぱーっと笑い、万歳するように両手をパタパタ振ってみせます。
「もっちろ〜〜ん!和洋中、何でもござれっ!!お料理大好きがミラマタ軍だよぉ〜〜♪」
 歓声が上がります。和洋中!?何でもござれ!?お料理大好き!!? 皆堰を切ったかのように、口々に喋り出しました。
「み、水も?」
「もちろん!」
「ほ、本とかあるのか?」
「イエッス!」
「夜とか冷えない?」
「全然!」
「さ、さ、酒なんてのも…?」
「ちょっとだけならねー」
「まっ、まさか……お風呂もある!?」
「ふふふふふ、とーぉぜーん!」
 おおおおおおお!!
 いつの間にか、大歓声がその大部屋に響いていました。それを見ていたリムロは、少し眩暈を感じていました。こ……こいつら。オレ達が置かれている状況わかっていないのか…!?
 そりゃあ村には食べ物もほとんどなかった。水もなかった。夜は底冷えして、体の丈夫なダークマター族じゃなかったら、きっと毎日死人が出てた。酒なんか夢のまた夢だった。風呂も同じだ。そりゃあ酷い星だった……けれど、オレ等はそこに長年住んでて……だけど、きっと、もう……そこには……――――
 パン、パン!
 アクエリアスが両手を叩き、みんなの歓声を鎮めさせます。ちゅーうもーく!、と、大声で叫び、にっこりと笑いました。
「ハイハイ、それじゃあみんな結構“タワーズ”を気に入ってくれたみたいで! ボクちゃん嬉しいよー♪
とにかくね、ここが君達“捕虜”の暮らす部屋! 団体生活になるけど、別にいいよね?
それでねぇー、多分もう暫くはぁ、この星に戻ってこれないんじゃないかなーとか思うからー。
みんな、村から何か持ってきたいものとかあったらぁ、忘れずに持って帰ってくること! 制限時間はー、えーと、20分!
それまでに戻って来ないとぉ……ハイッ、フゥちゃん♪」
「ゴ。」
 バーストフレアがいきなり立ち上がり、部屋の隅に向かって手を振ります。……いや、手に握った炎の玉を、誰もいない部屋の隅に向かって……投げつけました。
 ゴウンッ!!
 火柱が上がり、時間差で、その熱風が彼らの方へと叩き付けられます。壁が焦げた嫌な匂い、そしてヒリヒリするような熱さが、逆に彼らの頭を冷やしていきました。スーッ、と、明るい所ばかり見ようとして、忘れかけていた暗い事実が、頭の中に浮上します。
「……ね? 黒焦げとか、ヤでしょ? お仲間が一人減るのとか、ヤでしょ?
ちなみにー、もしフゥちゃんから逃げようとしたら、今度はボクちゃんが氷漬けにしてあげる♪ ふふふん、わかってくれたかなぁー? みんなの立場。」
 アクエリアスを引き継ぐように、バーストフレアが身を乗り出しました。分厚いゴーグルの向こうの目は冷ややかで、無情な程の立場の違いを……思い知らせます。
「おマエらはあくまでホリョだ、ゴ……カッテなマネは、ユルさない。せいぜい20プンカンのジユウを、タノしむがいい、ゴゴ、ゴ……。」
 ……シンと、静まり返りました。
 ……彼らがいかに友好的そうに振舞っていたとしても、その力の差……立場の差は歴然としている。自分たちを消すことなど、……造作もないことなのだ。……何でもない、事なのだ。
 …………いや、タトゥーとマルクへの人質として捕えられている限り、むやみに殺されることは無いかも知れません。……しかしそれは逆に、見せしめとして殺される事も有り得る、という別の可能性を作り出しました。生かすも殺すも彼ら次第……逆らうことは、できない……。
 アクエリアスは、急に静かになった場の空気が何となく息苦しいのか、それを振り払うように、パタパタと手を振ります。
「ねーねー、誰もお外に用事ないのー? もう3分も経ってるよー? 行きたかったら行っちゃいなー?」
 暫くは、それでも誰も動きませんでしたが、ふいに、一人、また一人と、外の……自分の家の方へと、素直に散って行きました。せめて思い出の品、使えそうな物だけでも……。今、自分たちにできる最大の自由が、これしかないから……――――。
 リムロ、リムラ、リムルの3兄弟も……外へ出ました。そして、大きな溜息を吐きます。赤い夕陽が、地平線の彼方へ沈もうとしていました。
「……無力すぎるよなぁ……オレら。」
「…………。」
 リムロの呟きに、妹と弟は、答えることができませんでした。三人はふらふらと、彼らの家の方へ歩いて行きます。
「……なーリムラ。お前は何を取りに来たんだ?」
「ん……えーと…………小さい頃に買ってもらった落書帳?とか……」
「……リムルは?」
「えう……りむるはー、えとね、えとね……たとぅーにつくってもらった、おにんぎょう、もっていくのー……。」
 ……タトゥー。
 そうだ、タトゥー……無事に逃げ切れたのだろうか。マルクと一緒に、元気にやっているのだろうか。それとも……。
 ……そう。そもそも、タトゥーは別に、彼らに攻撃されるべき存在ではなかった。けれどタトゥーは、マルクの保護者だったから。マルクの、「お兄ちゃん」だったから。だから、マルクの危機を放っておける筈もなくて、こうして一緒に飛び出して……どこかへ、消えてしまった。こうして自分たちが「人質」として捕まっている以上、タトゥー達はどこかへ逃げ延びているのだろうが……不安は尽きません。マルクがどうして狙われているのか、そもそも、マルクの正体は何なのか。そして、この村の創立者でありタトゥーの父である偉大な戦士「ヴァース・ダークマター」と、あの、敵である「ミラクルマター」という男が何故瓜二つなのか……謎は、疑問は、尽きることを知りません。ただ、今一番知りたい……そして切実な問題は、二つしかありませんでした。
 タトゥーとマルクは、無事なのか。
 そして自分たちは、これからどうなるのか……。
「……おにーたん。おにーたん。」
 くいくい。
 俯いて黙っていたリムロの袖を、小さく引っ張るものがあります。見ると、末っ子のリムルが、小さくぎこちなく、それでも精一杯に、笑っていました。
「まるくも、たとぅーも、きっとだいじょうぶだよ……こんなにぼくらが、しんぱいしているのだもの。だいじょうぶ。だいじょうぶ。ね?」
 リムロは、暫くずっと、その小さな弟の瞳を見つめていました。
 ……ああ、きっと大丈夫だ。何せ、あいつらは「兄弟」なんだ。血が繋がっていなくても、絆で、あの二人は繋がっている。だから、大丈夫。大丈夫だ。
「……悪いな、リムル……オレ、無駄なこと考えてた。
そうだよな……オレ達が、こんなに心配してやってるんだ。無事じゃなかったら許せねぇよな!」
 そう力強く拳を突き上げるリムロに、もう迷いや不安はありませんでした。そんな彼の様子に満足したかのように、リムラが笑いながら駆け出します。
「ほらほら、あんまり時間無いんだから!家から持ってくる物、早い者勝ちね!!」
「あーっ、おねーたんずるいー!ぼくも、ぼくもーっ!」
「おいリムラ、リムル!ったく……じゃあオレも、タトゥーにチャンバラ教えてもらった時の竹刀でも持っていくかな。武器になるかも知れねぇし!」
 三人の幼い兄弟の姿が、赤い夕陽に照らされて、黒く長い影を落します。
 いつ終わるかも知れない、無力な捕虜たちの地道で小さな戦いが、こうして静かに、火蓋を切りました。