第15話 出発(1 〜騎士からの手紙)



「……おいドゥ、人の話聞いてんのかよ?」
 ブロントバートはそう言い、ワドルドゥを小突きます。プププランドの朝8時、太陽もそろそろ空の高みを目指し、空を青々と照らしはじめた時刻です。ドゥは、強く握りしめた手紙から目を離し、ブロントを見返します。その切羽詰まった表情に、ブロントは思わずたじろぎました。
 ブロントは、メタナイト専属の郵便配達夫です。デデデに仕える騎士でありながら、理由があってプププランドに安住することの出来ないメタナイトは、ほぼ常に星中を旅して回っています。なので、この星でメタナイトのことを知らない人間はほとんど居ませんでした。数年に一度は、メタナイトがその村なり町なりに訪れ、たとえば新しい作物の育て方を教えるとか、町に住み着いた泥棒の一団を懲らしるとか、何かしらの好影響を与えてくれるからです。このブロントも、昔はスリをやっていたが腕を痛め、スリも普通の仕事も出来なくなりただ朽ちるのを待っていた時、メタナイトに郵便配達夫の仕事を与えられて、今生きている人間です。彼の飛行の速さは目を見張るほどで、更にスリ時代に培ったのか、方向に関する勘の鋭さと情報収集の速さは抜群であり、どんな状況下でもメタナイトの元からプププランドへ、プププランドからメタナイトの元へ渡ることができました。その仕事が無事遂行される度に、メタナイトは彼に、その仕事に見合った、むしろ充分すぎる程の金額を与えています。彼がメタナイトに仕えるのは、このお金のこともありましたが、何よりもメタナイトのために働きたいという意志と恩でした。メタナイトにその金額の半分を返したり、このプププランドのワドルドゥ達へのお土産代にしてしまうこともあります。
 今回もそのように、彼はメタナイトの手紙を受け取り、そして配達した……それだけのハズでした。しかし、このワドルドゥの表情を見ると、ただの手紙ではなかったようです。
「何だよ……ドゥ、何が書いてあったんだ?」
 メタナイトの身に何かあったのか?
 彼がそう言いかけたとき、ドゥは既に叫んでいました。
「ブロントさんッ、手紙を渡す寸前のメタナイト様のご様子はどうでした!?」
 一気に叫んだとしても失われないメタナイトへの敬意に呆れつつも、ブロントはともかく記憶を探りました。もう一月以上前のことです。近日は天候や風の動きが悪く、配達に特別時間がかかっていました。
「あ、ああ……そうだな……
メタナイト自身はそう変わりはなかったが……何というか全体的に緊張して……それに、時々遠くを睨むような仕草をしてたな……」
「遠く?」
 そうだ。と、ブロントは請け負います。
「遠い目とか、そういうのじゃなくて……明確な何かを睨んでいた。
でも……確か、何もない空だった。空を……睨んでいた。」
 ……空を。

 空、というのは、ドゥにとって重要なキーワードでした。
 宇宙に通じる場所、他の星々へ通じる場所、そして……星の戦士達の故郷。
 明確なそういうシーンに出くわした訳ではありません。しかし、カービィとルビィの出会いに関しては、この空が非常に強い印象となっていました。暁の空を横切る金色の流れ星、そしてその小惑星に寄りかかり、幸せそうに眠る、歳の離れた「双子」の姿。
 ……空。
 その存在の大きさ、広さ。
 メタナイトは、その空に何を感じていたのか。
 ドゥの横顔を、汗が一滴伝いました。

 ドゥは、手紙の便箋を急いで解体し、広げた一枚の紙にした後、常備していたペンを忙しく走らせました。ドゥは仕事柄、色々な小物を持ち歩く癖があったのです。短い文章を書き、その紙をさらに急いでたたみ、ブロントの前に差し出します。
「……ブロントさん、メタナイト様にこれを届けて下さい。なるべく急いで。」
 その真摯すぎる表情に気圧されそうになりましたが、ともかくこれは、仕事です。メタナイトから自分に課せられた、重要な仕事。たとえただの紙っぺら一枚だけだとしても。
「……ああ、わかった。任せとけ。
何が書いてあったのかは知らねぇが……こいつは無事に届けてやるよ。」
 そう笑って飛立つブロントを不安そうに見つめながら、しかしドゥには、彼にはもうメタナイトを見つけられないだろうという、静かな予感がありました。
 ……もうあの国へ、旅立ってしまったのかも知れない。
 そんな不安を振り払うように、ドゥは城へ走ります。近くで庭仕事をしたいたワドルディ達も、ドゥの思いに反応したかのように、数匹が一緒に城へと続きました。

 ブロンドに託したその紙……即興の手紙には、走り書きの字で、ただこうとだけ、書かれていました。
“―――メタナイト様、一度国へお戻り下さい。 D.―――”

 ……同じ手紙は、デデデ大王の私室とカービィの家にも届いていました。最も、一番最初に届けられつつもカービィの家からデデデ城までは多少距離があり、またデデデは窓枠に挟まっていたその手紙に気づくのが遅れ、デデデの部屋に全員が集まったのはほとんど同時になりました。みんなを呼ぼうとした矢先、いきなりその「みんな」が集結したので、デデデは驚くより先に呆れてしまいます。
「お前ら……誰が俺の部屋が集合場所だと言ったんだ?」
 これに答えるのはドゥ隊長。彼は7匹のワドルディも一緒に連れています。
「そんなこと言われましても……私はやはり、大王様に状況を真っ先にご相談しようと思いまして。」
 それに同意するのがルビィ。
「私もそうだ……まぁ、私は朝からカービィに叩き起こされたのもあるがな。」
「ごめんね、お兄ちゃん……。」
 カービィは、彼の後ろからひょいと顔を出しつつ、申し訳なさそうに言います。寝起きだったのか、まだ枕のあとが頬に残っていました。
「いや、謝らなくていい。それにメタナイトからこんな手紙が来たんだ、動揺もするだろう。」
 グーイはそんな2人の横から、ちょっとだけ顔を見せます。
「あの……ところでルビィさんカービィさん、お食事もせずに全力疾走して大丈夫ですか?」
「……多少腹は減ったな。」
「ワドルドゥさん、お台所貸して下さい。」
 グーイは、ドゥの反応を待つ前に、既に廊下の向こうへ消えていました。城の立地はほぼ暗記しているようです。
 そんな彼らのやりとりをさておいて、クラッコはのんびり、自分と、まだ眠くて不機嫌そうなエスカルゴンを指差しました。
「うちはなぁー、廊下をドゥちゃんとディちゃん達が走りよぅのを見てて、何やけったいやなぁ思うて起きて来たんやでぇ。」
「……だからといって私まで無理矢理起こす必要なないでゲショ……まだ眠いのに。」
「だってなぁ、エスがおらんと寂しいやんかぁ?」
「……あ、あのでゲスねぇ……。」
 ……どうやら、2人とも状況自体はよくわかっていようないようです。
 大王は、痛む頭を押さえました。朝からどうしてこう騒がしいのか……理由がわかっているだけ、更に頭の痛い問題です。
「ともかくだ……こんなところでたむろする前に、会議室に移動しよう。それが先決だな。」
 それには、そこにいた全員……つまりグーイ以外の全員が賛成しました。グーイも居れば賛成したでしょうが、現在は台所で朝ご飯の準備をしています。
 もしかしたら、一番マイペースなのは彼なのかも知れません。





 ―――プププランドでその凶兆が見え始めていた頃、ファイナルスターでも、異変が始まりつつありました。
 最も、こちらの異変はさらに激動で、わかりやすい状況でしたが。

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「マターちゃんっ、ちょっ、速過ぎるのサっ……ちょ、ちょっと待ってぇ…!!」

 ……タトゥーとマルクは、逃げていました。全力で、無限のように思われる螺旋階段を疾走します。彼らを、赤みがかった黒髪の少年が追いかけていました。少年は困ったような顔をしながら、黒くしなる電気状の鞭を操ります。
「あの……もう降参して下さい! 痛くしませんから!」
「痛くしないって……どう考えても力づくで拘束する気満々じゃねーか!」
 タトゥーの叫びも虚しく、少年の鞭は彼らの足下を掠り、その緊張が脚をもつれさせます。
「くっそぉぉぉぉぉ、どんくらい長いんだ!? この階段はッ!!」
 タトゥーは持ち前の脚力で疾走し、マルクは背中の黄色い翼で飛んでいましたが、さすがに体力の限界です。もうずっと、少年に追いかけられながら、この螺旋階段を昇っていました。連綿と続く、果てしない白い階段の世界。マルクはついに、階段にへたり込んでしまいました。
「ま……マターちゃん……ボク、もー飛べないよぉ……」
 ぜぇぜぇと息を荒げ、カラカラになった喉を押さえます。タトゥーはしかし、少年と自分たちの距離から、マルクの回復を待っていられる状況ではないこともわかっていたので、彼の腕を乱暴に引き寄せ、叫びます。彼の声もぜぇぜぇと掠れていました。
「マルク!! ほら、おめーが捕まっちまったら元も子もないだろ!?
下でアイツらを足止めしててくれてる村のみんなに顔向けできねーだろうが! ほら、立って!!」
 ……マルクに、沸々と怒りが沸き上がってきました。もう疲れ切って疲れ切って、タトゥーの声も煩わしいだけです。タトゥーを強く睨みながら立ち上がった彼は、大きな青白い光の弾を抱えていました。
 瞬時に、ヤバイ、と、タトゥーの中で警告が発されます。
 マルクの癇癪ほどヤバイものはない。
 それは、マルクと数年を過ごした彼が引き出した、第一の結論でした。
 血の気が引いて、反射的に下に伏せます。マルクから強い光が発せられ、タトゥーと少年は同時に目を覆いました。

「もぉぉぉぉッ!! マターちゃんのひとでなしぃッ!!!
どっかにぶっ飛んじゃえばいいのサァァァァァ!!!」

 ギュオッ!
 マルクの波動砲は、僅かにタトゥーの隣を掠り、螺旋階段の上部へ真っ直ぐに向かい、そして……





 どぉぉぉぉぉぉんっ…!





 背景の塔、その下部分の爆発の衝撃が、ミラクルマター達の所にまで届きました。
「な、なんじゃ!?」
 ミラクルマターが叫んだのと同時に、塔のその部分に青と白の光が拡散して、それを見たリムラは思わず「あーあ」と声を上げました。
「マルク、またやっちゃったみたいだねー。」
「こんな時に癇癪か……それとも戦闘か?」
「んー?」
 ……上から、リムラ、リムロ、リムルです。この3人兄妹弟は、ここ数年ダークマター村に産まれた数少ない子供達で、現状では手に手にスコップやら枯木の棒やら盾代わりのお皿やらを持ち、最高で最低限の―――そして、唯一の抵抗をしていました。
「のぉ……あの爆発は、確かにマルクが引き起こしたんか?」
 ミラクルマター……この一人の大柄の男は、子供達にそう聞きます。リムラとリムルは、こくりと2人で頷きました。
「そうだよー、まるくはねー、ときどきああやってかんしゃくをおこすのー。」
「ちょっ……リムル、敵に素直に教えてどーすんだよ!!」
 リムロは、幼い弟の額をぽかりと叩きます。
「あ、リムロ! リムルをいじめちゃダメじゃないの!」
「ぐあ!?」
 今度は、間のお姉さんのリムラがリムロを叩く番です。明らかにリムロが叩いた分よりずいぶん強く、ですが。
「あのなぁ…! お前ら現状わかってんのかよ…!」
 そんな子供のやりとりを見て、ミラクルマターは思わず顔がほころびました。憮然と睨んでくるリムロの頭を撫でてみたりもしています。
「まぁ、おどれも落ち着けや。
確かに敵に対してはもうちょい緊張した方がええかも知れんが……素直は美徳じゃ。大事にせぇよ。」
 リムロは、ミラクルマターの手を振り払います。
 そして、フンと鼻を鳴らして、顔を真っ赤にして叫びました。
「敵に何言われても嬉しかねーよ!!」
「……ま、それもそうじゃな。」
 これでもミラクルマターは笑うばっかりだったので、リムロもついに、後ろにいるみんなと一緒に、そこに座り込みました。

 ミラクルマター一団が現れたのは、今から半時ほど前です。
 彼らは、多角形の黒く細長い、結晶のような形の「船」に乗ってやって来ました。
 その「船」がファイナルスターの荒野に着陸し、瞬時に「塔」に変形して(それは本当に一瞬で、大きな雲が凄まじい速さで山を横切り、それに大きな影を落とすように、黒い石のようなそれに柱や窓を刻み、鋭く天を指す何本もの支柱を形づくりました)、そこから彼らが降り立ってからは、本当にすぐでした。
 彼らの本当の強さが、どれほどなのかはまだわかりません。このちっぽけなダークマターの村は、弱々しい老人や子供ばかりで、彼らに反抗できるほどの体力や物資を持つ者もいませんでした。ただひとつ、彼らに出来たことは、ミラクルマターの目的である「マルク」をどこかへ逃がすことです。そして、そのマルクと彼の義理の兄の様になっているダークマター、タトゥーは、逃げた末にその塔に入ることになったと言うわけです。もちろん、ミラクルマターは彼らを甘く見ていました。塔に逃げ込んだら逃げ込んでだ、中には部下のパルがいましたので。パルは、気の弱そうな成りの割に、非常に強い潜在能力を秘めています。なので、こちらはひとまず村を制圧することにし、マルクとタトゥーの捕獲はパルに任せることにしたのですが……正直、彼の造った「塔」を爆砕するほどの力がマルクにあるとは、思いも寄りませんでした。
 ……何故、ミラクルマターの目的がマルクなのか。その理由すら定かではありませんでしたが、ともかくわかるのは、そのマルクの力が、ミラクルマターを驚かせるに見合う程であると言うことだけです。ダークマターの老人、その中でも特に年老いた男性が、静かに喋り始めました。
「……お主がどのような人物なのか、それはわからんが……お主らの求める存在は、これほど大きな力を持っておる……。
あまり、深追いしない方が身のためだろう……。」
 ミラクルマターは、老人と塔を交互に見つめながら、腕を組みます。
「ハッ……お気遣い結構じゃ。おどれらは大人しく、ワシらの捕虜になってくれてりゃあええ……おうアー、バー、他に村人は隠れとらんかったか?」
 ミラクルマターが話しかけたのは、少し遠くから走ってきた少女と男です。少女はまるで、足の裏にスケート靴でも履いているかのようなスピードで、ミラクルマターの前までやって来ました。彼女の後ろには、長く続く氷の道があります。彼女……アクエリアスは、水と氷を自在に操る能力がありました。
「んーん。ダークマターの人はもういないみたいだよー?
でもね、魔獣の人なら居たぁー。ね、フゥちゃん。」
 フゥちゃん、と呼ばれた男は、アクエリアスとは逆に、ずるずるとした愚鈍な動きで、ローブに包まれた一人の男を引きずってきました。彼の動いた後の大地は、熱く黒く、焼き爛れています。彼は、熱と炎を自在に操る能力があります。このバーストフレアは、男をミラクルマターの前に放り出すと、喋ることを苦手とするように、くぐもった声で言いました。
「……コイツ、ムラのムコうに、いた、ゴ……。」
 その連れられてきた男は、バーストフレアに触られた部分に火傷でもしたのか、少し痛そうにさすりつつも、それが持ち前なのか陰気にニヤニヤ笑いながら、彼らを見上げました。ミラクルマターとバーストフレア、その大男2人の下にいるこの男……マドゥーは、ひどく貧相で小さい成りに見えてしまいます。彼はひひひと引きつったように笑いました。
「ひひひ……俺は単なる商売人だ。こんなチンケな星での商売なんておもしれぇ事なんか無ぇと思っていたが……とんだ災難だな。ひひひひ……。」
 ミラクルマターは、この気味の悪い商売人に眉を寄せ、手を腰に当てて、自分の記憶を探ろうとします。
「おどれは……パルをワシに売った男じゃな。まぁその件に関して、ワシの記憶はちぃと曖昧なんじゃが……その勘に障る笑い声はよぉく覚えとる。」
「あっ、そうだ! ボクちゃん思い出したよ!
この人、ミラ様にお酒を39樽売った後にパルちゃんを売った人だぁ! ねーフゥちゃん?」
「……ゴ……」
「ひっひひひ……覚えてくれてて嬉しいなぁ……あの異種ダークマターの小僧は元気かい?」
「…………ずいぶん堂々とした人身売人じゃのぉ。後でゆっくり話でもしようや、なあ?
ともかく……おどれも捕虜として付いてきてもらろうかの。それとじゃ……のう子童共。ワシらのバックを取ろうなんたぁ思わん事じゃな。」
 ぎくり。
 バックを狙おうとしたリムロ、リムラ、リムルは、思わず立ち止まりました。
 ミラクルマターはニヤリと笑い、その長い髪を翻し、その白銀と紅色に、陽の光が美しく反射します。
「最強たぁ、ワシらのためにある言葉じゃ。」
 そう、凛と言いました。