第13話 伝説の名(3 〜“MARX”) 起きたとき、まだ、陽は高く昇っていた。 そうしたら、今度はすぐに沈んじゃって、今度は月が顔出した。 不思議だなあ。 そう思ってたら、月も太陽も星も空もみんなみんなくるくる廻って、ボクは眼を回してしまった。 ボクはどうしたのだろう。 眠たくなって、目をこすっていたら、あいつと目が合った。 あいつの目は、おそろしいく毒々しいピンク色だった。 ボクは悲鳴を上げそうになったけど、あいつは一瞬のうちに消えてしまった。 あいつは、誰なのだろう。 ここは、どこなのだろう。 ボクは、だれなのだろう。 ……あ…… 思い……出した。 ボクは タトゥーは、ふーっと溜息を吐きました。 村の記録を執るようになって、早200年とちょっと。 ……村の人口は、着実に減っている。 元の、5分の1ほど……。 「認めたくもねぇ……けど……」 そして、また、ふーっと、最初よりも深く溜息を吐きました。 自分たちは、やはり滅び行く種族なのか。 彼らは、ダークマターでした。 ……いや、ダークマターとは、種族としては同じでも、生き方やそれらは、全く違います。 彼らは心を持ったダークマター達でした。 ダークマターは、本来、心などありません。それもそうです。 生き物の心から溢れた負の想いの、その結晶がダークマターなのですから。 しかし、極々稀に、宇宙に無限と思われるほど存在するダークマターの中では、奇跡的なほどの数だけ、心に目覚める者達がいました。 彼らは、他のダークマター達の中で、異端として扱われました。もしくは、不要品と。 ダークマターは、心があっては生きていけない種族なのです。 痛みを喰い、不幸を喰い、闇を喰らってそれでやっと、生きていける。 だから、他人の痛みに涙したり、他人の不幸に同情したり、闇を恐れたりすることは、愚の骨頂であり、自殺そのものです。 心を持ったダークマター達は、いつしか自然に消滅してしまったり、消えてしまったり、他の強いダークマターに取込まれてしまう者が、ほとんどでした。 しかし、タトゥーの父は、違いました。 彼は強いダークマターでした。 心を持ったダークマターには、二通りに別れることが多く、前者は異常なほど強き者、後者は虚弱体質です。タトゥーの父……ヴァースは、前者のダークマターでした。 目覚めたダークマター達を集め、宇宙中に散らばる同胞達を集め、ついに400体ものダークマターのコロニーを建設しました。が、そのコロニーが、長く保つことはありませんでいした。 本人達の意志であろうとなかろうと、ダークマターであるということは、闇を蒔く、ということと同意です。ほとんどの星は彼らを受け入れず、そして、ひたすら宇宙を流浪する年月でした。同じダークマターの、他のまともな闇のグループに、取込まれかけることも、ままありました。弱い闇は、強い闇の糧にされてしまうのです。星の戦士に出会うことは、なぜか、ありませんでした。 ……そして、ついに、枯れた、生き物の匂いのしない、闇を拒まない星に辿り着きました。 ファイナルスターです。 しかし、その星には、先の先住民がいました。生きながらに、死んでいるような者達でした。彼らを呼ぶには、魔獣という言葉が一番合うでしょう。その星は、魔獣の実験場のような場所でした。恨み辛みの匂いが充満しています。 ダークマター達は、住むべき土地を手に入れるために、魔獣達と戦いました。 タトゥーの父は、恐ろしいほどの強さでした。いや、彼の後ろには、数多くの、生まれのせいで戦力にならないであろう仲間と、彼の息子がいたのです。彼は戦いました。勇敢に。もちろん、戦ったのは彼だけではありません。若く、力のあるダークマターも、数十人、いました。彼の息子のタトゥーも、一生懸命、父の手伝いをしました。 しかし、敵の数はあまりに多く、そして、対ダークマター用の教育を受けた魔獣も、少なくはありませんでした。 長い長い戦いの末、生き残ったダークマター達は安住の地を手に入れ、タトゥーの父は、まだ、戦火から帰ってきません。 タトゥーは、それからの村は俺が守ると、何度も繰り返し誓いました。そして、彼は村を守っています。今では魔獣といっても偵察兵ぐらいが時々地平線の向こうに見えるくらいで、戦いの心配はありませんでした。でも、タトゥーは日々、剣の修行を事欠きません。父ヴァースの背中を見て育って、その戦士として散った姿を、忘れたこともありませんでした。 約250体の生き残ったダークマターは、今では49体……その内、ある程度の力のある者はタトゥーだけで、他は老人子供ばかりです。 みんな、優しく、寛容で、不幸なひと達です。 食べるためでもなく、でもそうしたくなって、花や野菜をみんなで育てようとしたこともありました。しかし、乾ききって乾燥した、夏だって短く、雪が万年残っているこの土地で、植物が生きることは至難でした。枯れてはガクッと肩を落とし、でも、種を蒔くこと止めません。 負けねぇで種を蒔いてみろや。種だって土を蹴って、陽を見よぉとがんばっとるんじゃから。 それは、父がよく使った言い回しでした。 父のことを考えていると、タトゥーの落ち込んだ心が、少し浮き上がりました。 「溜息の数だけ幸せが逃げるって聞くしな……」 この星は、枯れ果てた、未来のない星です。 けれど、タトゥーにとって、故郷そのものでした。 流浪に耐えて、ついに手に入れた、守るべき村。 俺がしっかりしなきゃ、村のみんなに叱られる。 そう思い、気晴らしに木細工で子供らを遊ばせてやろうと思ったとき、 コッ、コンッ と、ドアを叩く音がしました。 この軽く叩く感じ、村の子供かもしれません。 「誰だ?」 誰が来てても、全ての住民が家族みたいなものだったので、タトゥーは気も軽く、ドアを開けました。しかし、そこには誰も見えません。 「ん?」 見回してみます。前、右、左、上。でも、やはり誰も見えません。気のせいかな、と、思ってドアを閉めようと下に目を降ろしたとき、飛び退きました。 なんと、見たこともないような、肌の白い男の子が、倒れているではありませんか。 「な、だ……ええ!?」 驚きのあまり声が変になってしまいます。 夢かなにかか。 それとも、人工減少にあんまり憂鬱になっていたせいで、幻覚を見ているのか。 試しに、少しだけ触れてみます。 ……確かに、触れます。子供の柔肌でした。 雰囲気からして、ダークマターの子供では、絶対にありません。同調するような気配もしません。 ……いや、ただかすかにだけ……同調するような気配も感じましたが……タトゥーは、気のせいと思うことにしました。それよりも、この男の子をどうするかです。 地面には雪が薄く積もっています。タトゥーはふいに思いつきました。自分らダークマターは寒さや暑さを大して感じないが、普通の生き物にとって寒さは致命的なのではないか、と。 「い、いけね……早く暖めてやらねーとあわわわわわ」 焦ってちょっとおかしくなっています。タトゥーは、ダークマター以外の子供に触るのははじめてでした。 体重の軽い、そして、肌の冷たい子供だと思いました。 暖炉のマキがパチッ、パチッと火の粉を散らします。 男の子は、依然として昏睡状態でした。そして、その男の子には、山のような毛布が被せてあります。……これは、極端すぎるのは? しかし、タトゥーには、未だ意味がわかりませんでした。 本当に、子供がいるのか。 しばらく考えて、何となく、「やっぱり夢かも」と思い、毛布をどけてみます。 男の子は、暑そうに重たそうに、寝返りを打ちました。 「ひゃっ!?」 タトゥーがまた飛び退いたのと同時に、男の子は目を開けます。 「…んん……」 男の子は眠たげに目をこすり、ずれた赤と青の二股帽子を直し……そういえば、こういう洒落っ気のある飾りも、ダークマター村のみんなには、珍しいものでした。 ぼうっとしながら、タトゥーに目を合わせます。 アメジスト色の眼でした。 「…君……だぁれ?」 年上に、君、もないだろうと一瞬思いましたが、タトゥーはそれどころじゃなく、びっくりしているのと、どうしたらいいのかで、ドキドキしてました。男の子はせいぜい8つ、タトゥーの見た目は19くらいです。 「そ……それは、こっちのセリフだ! お前は誰なんだ?どこから来た?ここがどこだか知ってるのか??」 男の子は、じーっとタトゥーを観察し、そのピンピンに立った漆黒の長髪から、血の色に近い眼から、褐色の肌から、慌てた風のタトゥーの表情から、みんな見回して、次に、家の中を見探りました。 家は小柄のログハウスで、趣味としての料理やそれらができるスペースもあります。一人暮らしのため、それでも少し広すぎるくらいでした。時々、村の子供達が遊びに来て、賑やかな時もあります。壁には、剣や盾、鎧や肩当ても飾ってありました。それは、父を含めた歴代の戦士達の遺物でした。その中の、銀と朱色が混ざったような細身の剣は、父からの形見であり、タトゥーの愛剣でした。 「……おい、お前は、誰なんだ?」 タトゥーは、男の子の目線まで膝を落として、再び訊きます。タトゥーは、どちらかというとチンピラっぽい、優しそうとは決して言えない表情でしたが、男の子は怯えるでもなく、でも、不安そうに、呟きました。 「ボク……なにも、知らないのサ……」 「え?」 声は、とても間抜けに響いてしまいました。暖炉が暖かく、パチパチと燃えています。 「……ボク、なにも、覚えてないんだ…… どこから来たのかも……ここがどこだかも……わかんない。」 タトゥーは、途方に暮れました。 今まで、ダークマターばかりだったからこそ出来なかったことも多かったのですが、それに助かられたこともありました。 寒さも暑さも気にしなくていいし、水も、物を食べることも気にしなくていい、ということでした。こんな星ですから、ダークマターの身体でなければ、一週間も保たなかったでしょう。 しかし、この男の子は、ダークマターではありません。 ちゃんと生かすだけでも、大変なことでしょう。 「……名前も、思い出せないのか?」 今度は、努めて優しく、訊いてみました。男の子は、眉を寄せて、何かを頭から探り出そうとしています。 その時に、タトゥーははじめて気づきました。この男の子は、自分を、ダークマターである自分を、全く恐がりも、疑いもしていないということに。野鳥や虫でさえ逃げるような、この自分を。 「……あ。」 「どうした?」 男の子は、急に目の前が晴れたような、嬉しそうな顔をしていました。 「思い出したよ! ボク、マルクっていうのサ!」 男の子は、にっこりと、心の底から輝いているように、笑いました。 タトゥーも、いつのまにか一緒に笑っていました。 「そうだ、お兄ちゃんの名前は?」 お兄ちゃん、と呼ばれたことに一瞬ドキッとしましたが、ここは年上。タトゥーは、威厳ありげに言います。 「俺は、タトゥー。ダークマターのタトゥーだ。」 そのとたん、後悔しました。 このマルクという少年は、自分がダークマターと知らなかったから、あんなに無防備に笑ってくれたのかも知れないのに、正体を知れば、怯えてしまうかもしれない。 しかし、マルクはちっとも平気でした。 「ダークマターの、タトゥー?」 そして、少し考えた後、また笑って、 「ねぇ、マターちゃんって呼んでも良い?」 そう、訊きました。 タトゥーに、その申し出を断る理由も何も、ありませんでした。 マルクの、本当に無邪気で愛らしい笑顔に、すっかりみいってしまってました。 ……マルクが楽しそーに、タトゥーの頭を引っ張りだすまでは。 「い、いてっ!?コラ止めろマルクーっ!!」 「マターちゃんってたーのしーいね♪」 「遊ぶなー!!」 ……その時、雪と月と星の光に照らされた大地の畑に、ぷつ、ぱつ、ぽつと、小さな芽が、顔を出していました。 ……これは、少しだけ昔の話。 「フォーカードのハーツ、帰還しました。」 肉声なのに、まるで機械のような声色で、誰かが、そう言いました。 「…………ハーツ、お前が私の元に帰ってきたのも、久しいな……。」 ナイトメアは、にやにや笑ながら、真っ黄色のボロボロの翼を生やした、蛍光ピンクの心臓が、手元に落ちるのを見ていました。その心臓は、ナイトメアの手の中でジュッと蒸発し、その手甲のような掌に、死人の血の色のような入墨が彫りこまれます。それは、歪んだハート型を、悪魔の羽根が囲んでいるマークでした。 その入墨の上に、かすかな、金属の破片があります。 光に当てると、それはキラキラと、虹色に輝いています。マルクォールの頬を貫いたときに奪われた、虹の剣の刃こぼれでした。 「カストロよ、お前はマルクォールの負けだと云ったが……それはどうだったかな?」 ナイトメアは、入墨と剣の欠片を、一緒に握り締めました。ギチッ、と、鈍い音がします。 「マルクォールの“器”造りに取り掛かれ。」 コポ。 それは、ゆらゆら歪む羊水にくるまれた、まだ生まれてすらいない、人生を約束されてすらいない、おそらく、死も、約束されないであろう、生き物。 名前の欄にはただ、 【マルク(MARX)】 と、だけ。 与えられたのは、ただ、 狂気と無限の愛。 銀河の伝説編 終わり |