第12話 伝説の名(2 〜“KIRBY”) 星の戦士と呼ばれる者達が、この宇宙に生きている。 彼らは、闇を殺して歩く。 闇を呼び闇を結び、闇に生きる者達を。 ダークマターと呼ばれる、邪悪の黒い雲たちを。 ダークマターは、ひとの心から、生まれた。 憎しみから。憤怒から。悲哀から。 星の戦士もまた、ひとの心から、生まれた。 希望の想い。そして、光を望む想いから、星の戦士は生まれた。 闇は闇を呼び、光は光を呼ぶ。しかし、全てが幸福に終るという確信は、どこにもない。 星の戦士は、殺すことを、光を切り開くために誰かを殺すことを、あらかじめ許されてしまっているから。 彼らの道は青く赤い。 自由であり、永遠の束縛。 戦士は生まれ変わる。 宇宙の歴史の切り返しと共に。 ひとつの終焉と、目覚めの時に。 そして、今、生きている戦士の名は、カストロ。 彼が呼ばれたき名は、カービィ。 星の戦士、カービィ。 カキ、イ、ン。 細やかに散っている白や色々の光は星で、美しく横たわるのは星雲でした。 その宇宙のなかで、カービィとマルクの戦いは熾烈を極めます。 戦いで、防戦に徹しているのはカービィでした。 マルクの矢を弾き、接近し、剣は空を斬って、マルクは宙返りをし、アハハハハッと笑います。 「どうしたの? まるでこれじゃサーカスだよ! 君、遊んでるんじゃないんでしょ? だったらもっとがんばってよっ!」 マルクは気づいていませんでしたが、カービィは、マルクを斬ろうとはしていませんでした。ただ、様子を見ていました。しっかりと、マルクを見極め、そして、彼の中の絶望は、黒いしみのように広がっていました。 カービィの剣が、マルクの3ミリ外側を斬るごとに、カービィの全ての表情は消えていきます。 ついにその結論に至ってしまいました。 「ほらぁ、ちゃんと戦って!ボクまだちっとも痛くないよ!!」 再び、マルクの口元から強い光がこぼれます。しかしカービィにはもう、それは音の無い世界の、熱さも痛みも無い閃光でした。剣は、その光を裂き、けれどパワーはカービィを包み、その姿を隠します。 パ、シ、イ…ン。 一瞬、でした。 白い光を突き進み、その剣は突然にマルクの目の前に現れ、それは、そのひたいを、いとも簡単に、貫きました。 「あ…っ?」 マルクは唖然とした面持ちで、そして、そのまま、しにました。 たしかにたしかに、し、にまし、た。 「……なぁ、君はどこでノヴァのことを知ったんだい?」 カービィの表情には、笑みすら浮かんでいました。 「なぁ、お前は、僕が本当に何も知らないとでも思ったのかい?」 虹の剣を引き抜き、マルクのしたいから、それは血ではなく、毒色の煙でした。 眼がダークピンクにぬらぬらひかり、マルクの眼のマルクじゃない目線が、ギョロリと、カービィを捕えました。 その眼は、とてもとても楽しそうでした。 「出てこいよ、マルクォール。」 「ヒーイイッイ!」 呼吸と賞嘆が混ざって、おかしな音が喉とも口ともとれず、溢れました。 黄色い翼がばたばた跳ね、顔の色は青紫に近くなり、頭をビクビク震わせて、マルクォールは笑っています。笑いながら見て、笑いながら喋り、笑いながらカービィを憎みました。そして、言いようも無い快感を、カービィに感じていました。それは、愛情にすら近い快感でした。 「どうして知ってるの?どうして知ってルの?どうシテ知ってるノぉ? どうしてドウシテどうシてボクの名前を知っテるの知っテルの知ッてルのサぁ? アハハハハハハハハァッ!! ああそうだヨ!よくワカったネわかっタね!! ボクの名前はマルクォールッ!! ハートの魔獣のマルクォールだよぉ!! ああつまんないつまんない!もうお終いだよ?お終いだよ? この子、もう死んじゃったヨォォ? あーああっ!あーあああっ!! 殺ーっちゃったァ殺っちゃったァ! この子、もう死んじゃったぁ!! 殺された!殺された!!星の戦士に殺された!!戦士様に殺された!!! スゴいねぇスゴいよぉ!!君だって殺せるんだ!ヒト殺しできるんだ!ごめんねぇ見くびってたよ!! アハハハハハハハハハハハハァアッ!!! 素敵だねぇ、戦士様ぁ!!」 カービィは、何も言いませんでした。 ただ、紅と空色の眼で、マルクォールを睨んでいました。今にも殺すような睨み方でした。 マルクォールはなおも笑います。 「ねぇ、ねぇねぇねぇどこから知ってたの? ボクのお芝居、どこからどこからわかってたの? それともサ、当てずっぽぅ?当てずっぽで、あの子殺しちゃったのぉ?」 カービィの周りをくるくると旋回し、カービィは、剣を握る腕に力がこもります。 「ナイトメアが4体の特殊な魔獣……“フォーカード”を創ってたのは、とうの昔から知っていた。その内、ダイヤとスペードは僕が倒した。でも、クラブとハートはまだ見つかってすらいなかった。 ナイトメアは用心深いくせに、誇示欲の強い奴だ。 隠し札としてとっておいたのだろうけど、他人の魂に紛れる能力を持たせたのは、正解だけど失敗だったね。 月と太陽のケンカなんて、おかしいと思った。それに、ノヴァの名を使ったことも。 月と太陽の件は、お前の強力な幻術だろう?僕も最初は騙されてしまった。でも、他の星々の悲鳴が聞こえなかったから、お前くらい強力な“何か”が絡んでいる予感がしてた。 大方、ナイトメアへの手みやげのつもりで、ポップスターを狙ったのだろうけど……あの星は、不思議なくらいエネルギーに満ちた星だったからね。でも正直、本当にノヴァがいるなんて思わなかったよ……。」 カービィは、ここで一呼吸置きました。あらゆる感情が渦を巻き、カービィの心を連れ去ろうとしたからです。 「そして……僕は“心喰いのハーツ”の名を思い出した。そして……お前のことを、確信した。 お前は生まれ変わる度に派手なことをやらかしてたから、僕はそれを調べて、追ってたんだよ。前からね。」 「派手なことぉ?……たとえば、君の母星が今、どろどろの汚い星になっちゃったこととかぁ?」 すう、と、眼が細くなり、再びカービィの表情が消えました。 「お前は“不死身の魔獣”というテーマで創られた。お前にははじめから肉体が与えられなかった。 代わりに、お前は他の生き物の魂で生きる能力があった。 どんな生き物も、生きている限りは必ず死ぬ。でも、お前には死すら約束されなかった。宿主が死ねば、また違う者に取り憑いて、生き続けた。 お前に憑かれたら、もう二度と、正気には戻れない。 死ぬより酷い生き方を強いられることになる。 ……なあ、さっきのマルクも、お前が操っていたんだろう?」 ケケケケケッ! 「あーああ、バレてたんだねぇ」 呟くように。 「ウン、ウン、そのとおりぃ♪ ボク、あの子なかなか気に入ってたの♪ 君は知ってるか知ってないか知らないけどねぇ、ボク、別に器のぜぇ〜んぶを好きにするわけじゃないんだヨ? だって、みんな好きにしちゃったらつまらないじゃない! 時々ねぇ、ボクが手を加えてあげるだけ♪ そしてらサァ、みぃんなねぇ、その子のことをキチガイだって思ってくれるの! 本人でさえねぇ、自分のココロを疑って、ホントのキチガイになっちゃったりね♪ あの子はワリと保ってくれてたよ♪ ただ、世界を壊したくなっちゃってて、少ぉしだけ気が触れてたけど、ねぇ?」 マルクは、カービィの顔を覗き込みます。 べえっと舌を出して、 「でも、あの子も君が殺しちゃった♪」 ギュンッ!! 剣は真っ赤な軌道を描き、それはマルクォールを掠めてしまいましたが、それは意図的なんかではなく、カービィの眼の殺意は、熱く冷たく燃えていました。 「そうだよ!それでイイの!! それでこそ戦士様だよ!殺して殺して殺しまくっちゃえ!!!」 あああ―――! 心臓は、まるで耳にそのまま張り付いているかのように、ドクドクドクと煩く高鳴って、カービィは正気を失いそうになりました。 マルクォールは笑います。笑います。 アハハハハ、ヒヒヒ、ケケケケケ、ハア、ヒィヒヒヒッ。 殺意はまるで生きているようにカービィを翻弄し、息つく間もない刃の応酬で、カービィはくらくらしました。 それ以上に、怒りと憎さで、自分の名前さえ忘れそうに、苦しんでいました。 「ボクには君の心が見えるよぉ? ああ、本当に変わんないや! 見えるよ見えるよ見えるよぉ!! 狂った君の心が見える!! ボクと変わらないギラギラした心が見えるのサ!!」 ギンッ! 翼を翻し、踊るように、マルクォールは翻弄します。カービィの息は、叫びは、獣じみた熱を帯びてきました。 「君には、欲しいモノがあるね? 平穏?愛情?平和?戦いのない世界?不変の幸福?? ああ、無茶なことバッかりだァ!! 君は本当に星の戦士?光を呼ぶ星の戦士? ボクが思ってたのとずいぶん違うこと! 戦いのない道なんて無いよ無いよ無いよ?ボクらが何を望めばいいか、君、忘れちゃったの? アハハハハハッ!! 戦いサァ!戦って戦って、たくさんの心を壊して壊して、そうして生きてくのサ!! 死体の上以外、歩けないよないよないよ!!」 ギュンッ! 「おバカな戦士様おバカな戦士様!可哀想な戦士様戦士様!! 君は恨んでるね?星の戦士に生まれたことを憎んでるね? 心を亡くしたいと思ってるね?全部終わりにしてしまいたいんだね?」 キギッ! これは、マルクォールの眼の上をかすりました。薄く血が垂れて、その血を、ぺろりと舐め、嬉しそうに眼を細めました。 「でも、それが正解なんだよ?死体が積み重なって、腐ったそこから芽が芽吹いたりするんでしょ? 光と闇って、つまりそういうことでしょ? 悪を倒した正義を今度は悪が倒してまた正義が倒してそれの繰り返し繰り返し! そういってどんどん循環するんでしょ?幸不幸も魂も、ぜんぶそうやって循環を続けるんでしょ? 正義が悪に生まれ変わって、不幸な奴が幸福に生まれ変わったりするの! その循環を導く者、それが光と闇でしょ? なのに、何を願ってるの?」 グンッ! 突然、マルクォールはカービィに接近します。その頭蓋に剣を突き立てる前に、マルクォールの口が光りました。 クァアアアァアッッ!!! カービィは……マルクだった頃は鮮やかな白とブルーだった、毒獣のように邪悪な黄の光線に弾かれ、重力で、地面の固い、ついさっきまで攻防を繰り広げていた惑星に落下……しませんでした。 ほとんど我を忘れたような、マルクォールを殺すために生きてきた、とでも云うような、そんな表情で、虹の剣は、放たれました。 流星のように、美しく真っ直ぐなそれは、虹色にキラキラと、凄まじいスピードで、殺す相手に向かいます。 それは、マルクォールの頬をえぐり、その後ろの、金色の顔へ、飛びました。 ガッ! カービィは、果てしない空を落ちながら、遠くなったマルクォールに、云いました。微笑みをたたえて。 お前の負けだ、マルクォール。 カァッ!! その光は、光、そのものでした。 大彗星ノヴァも、マルクォールも、カービィも、星も、闇も、輝きも、思考も、記憶も、全部が、光に呑まれました。 『エラー 発 …生 修正プログラム 作動… この記録を 有なりし 神 に… 送信』 その声さえ、みんな、光に呑まれました。 カービィが目覚めたとき、自分があまりに深い眠りに落ちていたことに、おどろきました。 「うえ……もう11時? めっちゃお昼じゃーん……朝ご飯、損しちゃった。 ま…お昼にその分も食べちゃえばいっかあ……。」 そして再び、ベットに身体を横たえます。 寝過ぎというくらい寝ているのに、身体中、妙な疲れと痛みがありました。 「…………。」 しばらく、ぼうっと窓の外を覗いていましたが、その青空が急に奇妙に思えて、がばっと起きあがり、じいっと空を凝視しました。 空は相変わらずの平和ボケで、白くて薄い雲は、春の匂いを運びます。 5分ほども、ずっと空と、太陽と、その向こうの星空まで調べていましたが、疲れたし、何も変化を感じなかったので、そのままぽてんと、ベットに寝っ転がり、ぼーっと、天井ばかり眺めていました。 「……なんだかなあ……。」 目を瞑ると、自分の外側の宇宙で、星々が正常な運動をしているのがわかります。それが、星の戦士です。 正常な運動。過剰な力も感情も働かない、輪廻転生と幸不幸。 目を開けたら、天井がにじんでいました。 声が震えて、涙が耳元に落ちました。 「……やだなあ……。」 くるりと、身体を横に丸めて、身体を抱いて、息を殺します。そうすれば、涙が涸れてくれるとでも信じているように。 「誰かを殺す感覚なんか……もう……… …とうに………忘れてたと………思ってたのに……… ……どうして思い出すんだ………どうして……急に………」 そして、夢のなかで殺した、名前も忘れてしまった、そして、他の何も覚えていない、その彼に、祈りを捧げます。 たしかにたしかに、ころ、し、た。 そればかりが生々しくて、春の平和な空の下の、こんな小さい家で丸くなっていてもなお、星の声が聞ける少年に、涙が雨のように。 星の戦士、カービィ。 どうして生きているのだろう。 何度も何度も何度も何度も何度も浴びせたその問いを、無限に呟いて、最後に、 死ね。 と、呟きました。 涙で眼を濡らして、嗚咽で喉を潰しながら。 |