第6話 刃 狂気は心を支配し、やがて訪れる静寂は、荒れ果てた戦場に吹く風のように冷たいのです。 指一本動かない。瞬きすら、できない。 ルビィはただ剣を握り、剣は鈍く輝いていました。 「……紅の君よ……何故だ?」 闇のまぶたが開き、そこには血の色の巨大な眼があります。 ヒュージ。しかし彼の声も、ルビィには遠いものです。 「君よ……星の戦士を殺せなかったのは、何故なのだ?」 眼は、しばらくルビィを刺すように見つめていましたが、やがて閉じ、闇に溶けてゆきます。 それと同時に、近づく足音。 そこに、金色の長髪の、黒く長い筒状の帽子を被り、黒いマントを羽織った男が立っていました。 その男の、眼。血の色の眼はヒュージのそのものです。ただ、悲しそうな色をたたえて。 「紅の君……止めろ。 私以外……私以外、何も見るな。私だけを見てくれ、紅よ……。 お前は私のもの……私はお前以外要らぬ……紅、紅の君、私の君よ……。」 ヒュージは、ルビィの冷えた身体を抱きしめます。しかし、ヒュージの身体に体温は無く、ルビィの身体を温めることはできません。 そこにあるのは、支配欲と独占欲と狂気と、ひたすら無垢な愛情でした。 ルビィの瞳は、虚ろな灰色のルビー。 「あのさー、ぼく、なんかすっごくイヤな予感がするんだ。」 これは、星の戦士カービィ。 「気が合うな。俺もだ。」 これは、プププランドの大王デデデ。 「ハイパーゾーンはすぐそこだけど。」 「どう見ても真っ黒だよな。」 「しかもなんか動いてるし。」 「ダークマターの巣だな。文字通り。」 「どうしようか?」 「どうするって……。」 「やっちゃおうか。」 「やっちまおう。」 ドォォォオォォンッッ!! その爆音は、ハイパーゾーン全土を覆いつくさんばかりの衝撃。 ワープスターは、派手にめり込んでいました。傷ひとつありません。少なくとも、機体には。 「……カービィさん……貴方というひとは、何ということを……。」 グーイは、衝撃でしびれているカービィを引き起こし、低い声で言いました。 「だっ、だってだってー! こんなにダークマターがうじゃうじゃいるのに、まともに着陸したら、ふくろ叩きになりそうだったんだもんっ!」 確かに、このハイパーゾーンはとんでもないところでした。 ダークマターの星。それそのままの意味です。 まず表面にダークマター。その下に機械の壁があり、また下に空間が、そして壁、空間、壁、空間……そして一番奥に、首領のダークマターがいるというらしいのです。そこまで行き着くのに、一体いくつのダークマターと戦えばいいのやら、検討もつきません。 だからカービィは一気に加速し、そのまま突っ込むという、無謀無茶な作戦にでたのです。作戦というよりは、その場の思いつき、勢いと言ったほうが正しいかもしれませんが。 しかしそのお陰で、ワープスターの衝撃で表面のダークマターを薙ぎ倒しつつ、壁をいくつも突き破り、そのままかなり地下まで突き進むことができました。 「だからと言って……まぁ、この星は全体がひとつの生命体。 どんなに息を潜めても、いずれ見つかることは必至…。」 「それに……早速みたいだぜ。戦闘開始は。」 ザワザワザワ。 不穏な空気が広がり、それはカービィ達を囲みます。 不気味な一つ目が幾つも幾つも、その闇に張り付いていました。 「……がんばらなくちゃ。」 「怪我すんなよっ!」 ジュアッ! 一斉に、真っ黒のビームが発射されます。 それはカービィ達を襲いましたが、持ち前の素早さと丈夫さ、そして勢いそのままに、ダークマターを攻撃してゆきます。 デデデのハンマーがダークマターを叩き落とせば、カービィのロッドが援護する。 背中合わせになり、互いに互いを感じながら、それは素晴らしいタッグバトルでした。 「カービィさん、大王殿!少しだけ、時間を稼いでいて下さい!!」 グーイの身体が闇に溶け、それは黒い霧になります。ダークマターモードになったのです。風のようにダークマター達の間を縫って、そこで個体に変化し直しました。 「いまのままで、もー必死だよぉっ!」 「グーイ、一体何をするつもりなんだ!?」 「ここに、一気にヒュージ・ダークマターのもとまで行けるワープゾーンがあるハズなんです!そこに、きっとルビィさんも…! 僕はそれを探し、起動させます……その間、少しだけ…っ!」 バキッ! ハンマーが炎をまとい回転して、それは複数のダークマターを一気に沈めました。 「カービィ!聞いてたか!? お前はグーイの援護を!俺はダークマター共の相手をしててやる!!」 「わ、わかった!」 キンッ! スターロッドの弾は、暗い空間で流れ星のように輝き、ダークマターはそれに散りました。 グーイは鉄壁の下の辺りをまさぐり、紋章のような形の溝を見つけると、片手の指を鋭く変形させ、それで自らの手首を傷つけます。黒い鮮血が溢れ、それは溝を満たしてゆきました。 「うあっ!」 ダァンッ。 不意打ちでした。ダークマターの突進を避けきれず、その隙にビームがカービィに直撃します。 「きゃあぁ!」 「か、カービィさんっ!」 グーイが驚いて振り向くと、その眼前に、ダークマターは迫っていました。 「しまっ…!」 「グーイ!」 シュアッ! スターロッドの一撃は、ダークマターを掻き消します。 「カービィさん、怪我は…!」 「大丈夫!グーイ、それよりもワープゾーンを……おねがい、早く!」 よろける身体。ビームの直撃を食らった背中が痺れています。けれど、泣き言を言っているヒマはありません。今この瞬間も、ダークマターに囲まれているのですから。 「カービィさん…。」 グーイは、カービィを信じます。ワープゾーンを起動させる。 そして……これ以上、カービィ達を傷つけたくない。 ダークマター達。これ以上、僕達を攻撃しないで下さい。 ……無理ですよね。僕達の存在理由は、「星の戦士の抹殺」なんですから。 ごめんなさい。皆さん。 あなた方を、殺します。 ヴゥン。 グーイの身体から、藍色の炎が上がります。 黒光りする紋章にその炎は移り、一瞬にして、床に青い光が灯りました。 カービィも、大王も、ダークマターでさえ、動きを止めます。蒼い光に沈黙します。 それは美しく、しかし戦慄が走るほどの恐怖でした。 グーイの力が発揮されたのです。ダークマターとしての、グーイの力が。 “群青の闇”と恐れられた、グーイの闇が。 「カービィさん、大王殿……眼を、瞑って下さい。」 「え…?グーイ…?」 「お願いです……見ないで下さい。」 ジュアァアアッ。 一瞬、それは輝きを増し、しかし真っ暗に染まります。闇が闇を呑み込みます。 無数の針が身体を突き抜けていくような感覚でした。そして、底無しの沼に嵌ってゆくような。もがくほどに痛みが増すような。 カービィもデデデも、眼を開けていることが出来ません。 しかし、もし眼を開けていたら、彼等は見ることになっていたのです。 グーイの本当の姿。 それは影と藍色の闇を操る、魔性そのもの。 シュアッ! 空気が急激に抜けるような音の後、再び沈黙が訪れました。 ゆっくりと、眼を開けます。 ダークマターの攻撃がありません。それどころか、あの不気味な眼が一つも見つからない。気配すら、殺気すら、ない。 「……え?あれ?」 「ダークマターは…?」 カービィと大王がいくら周りを見渡しても、警戒しても、ダークマターはどこにもいません。 まるで、消滅したかのように。 パシュンッ。 「!」 驚いて振り向くと、グーイがまさぐっていた溝の上に、青白く輝く魔法陣が浮かび上がっています。 ヒュージ、そしてルビィの元へと続くワープゾーン。 「他のダークマターは、すぐにここまで追ってくるでしょう。 さ、ここに長居しているわけにもいきません!」 「う、うん!」 確かに、気にしているヒマは無いようでした。ダークマターの気配が、また近づいていたからです。 ヴー…ン。 気流が震えるような音の後、一気に下へ落ちるような落下感が襲います。 「……ていうか、ねぇ、グーイ!? これってフツーに落ちてる気がするんだけど!?」 「詳しいことは、後で話します!」 「いつも後でー!」 ドォォンッ! 「……本日二回目の衝突ー…。 ねぇグーイ、ぼくもムチャなことしたけど、このワープも相当ムチャ…」 「離れろ、カービィ!!」 「え…!?」 刹那でした。 キシッ。 光の刃が降り、それはカービィ達を突き飛ばしたデデデに激突します。 「ぐぅ…っ!?」 血が、吹き出しました。 カービィが悲鳴を上げます。 「だいお……大王、大王ーーー!!!」 彼に駆け寄る足がもつれます。デデデの息は荒く、赤いマントが血で重くなっていました。 「大王…っ!」 しかし、彼の身を案ずるヒマさえ、ありませんでした。 キシッ。 再び襲いかかる光の刃。カービィはスターロッドで間一髪、直撃は免れましたが、衝撃は二人を吹き飛ばす程です。 「うああっ!」 そのまま、後ろに叩きつけられます。 グーイは呆然と、身体が震えるのも押さえられませんでした。 「……ルビィ……さん……。」 その部屋は暗く、薄い黒い霧が立ちこめているよう。 眼前に立っているのは、紅い髪が燃える、ルビィ。 ……しかし、その眼は光を失い、殺気ばかりを放っています。 「おにい……ちゃ……ん…?」 ザッ。 虹の剣の刃が、真っ直ぐカービィに向けられました。 その、ルビィの後ろに、カービィは確かに見たのです。 血の色の眼の、金色の髪が嗤うのを。 「紅の君は私の物………誰にも手は出させぬ……… 誰にも………触らせは………しない………。 さあ……殺せ、紅よ。 全てを斬り捨ててしまえ。」 |