第5話 カービィの決意



 …………。
 ワドルドゥは、声も出せませんでした。ただ、目の前で起きた奇跡に、目を見張るだけでした。
 カービィの弱い呼吸は、やがてはっきりした寝息になり、そして、まぶたがぴくっと動きました。
「う……ん…。」
「!
カービィさん、目覚めたんですか!?」
 カービィは、ぼうっとした目のまま、ゆったりと微笑んで、おはよー、と、のんきに言いました。
 胸がいっぱいになり、ワドルドゥは思わずカービィを抱きしめます。ぎゅーっと、力強く。
「な、なぁに?
あの……なにがあったの?」
 ワドルドゥは、ただただ首を振りました。もうなにも気にしなくていい、と、言っているように。
「カービィ殿……よかった……。
本当に、よかった……っ」
 ワドルドゥは、剣への誇りも、陛下の従者としての威厳もある立派な剣士でしたが、やはり、まだ幼く愛らしいカービィが死んでしまうかも知れないという事実には耐えられなかったのです。彼もまた、まだまだ幼さの残る少年です。
 グーイは、彼等の後ろで沈黙していました。しかし、その表情には心底からの安心が伺えます。そして、彼は、静かに語り始めました。



「カービィさん……そして、ワドルドゥさん。
僕は確かに、カービィさんを巻き込み、そして重傷を負わしてしまいました。
それの責任は、必ずとります。いや、この一件が終ったら、すぐにでも処罰して下さい。
しかし……この一件だけは、どうしても、カービィさんの力が必要なのです。
……それは、僕達ダークマター族が関わる問題です。」



 ワドルドゥは、ハッとして、カービィを見返しました。彼もまた、信じられないという表情をしています。
 ダークマター族。
 それは、宇宙の闇そのものであり、厄災を蒔く邪悪。
 ……グーイが、ダークマター……?
「そんな……
グーイが、ダークマターだなんて……
うそ……でしょ……?」
 グーイは、悲しそうに微笑み、そして、首を横に振りました。
 そして、両手を胸に当て、その瞬間、グーイの足元から黒い霧が湧き起こり、それはつむじ風のように、グーイを包みます。

 シュッ。

 カービィとワドルドゥの目の前で、グーイの瞳は、深いブルーから、血のような紅に変わりました。
 血のように紅い、ダークマターの証である、その瞳を、グーイは両目に宿しています。
「……!」
 カービィは、ほとんどダークマターと対峙したことがありません。半日前、黒い目玉のようなダークマターと戦ったのが、実ははじめてでした。
 しかし、カービィは本能的に、ダークマターという存在を認識しました。その、血色の瞳に。
 カービィの肩が震えます。目の前にいる彼は、確かに、ダークマターなのです。
 ……チャッ。
 ワドルドゥは、剣を抜きます。
「グーイ殿……どうなされるつもりですか?」
「……大丈夫です。どうもしません。
はじめに言ったとおり、僕にはあなた方に危害を加える気はありません。
ただ、僕は、僕の秘密の全てを、あなた方に打ち明けるぐらいの覚悟なのです。
それだけでも、信じて下さい。」
 ワドルドゥは、グーイを……カービィの命を救う手助けをしてくれたグーイを、信じたい反面、この半端ではない力に圧倒されていました。
 もし、グーイが本気になったとしたら、とても敵う相手ではない……それ程の力を、立っているだけでも感じていました。腕がぴりぴりします。
「隊長……さがって。
……大丈夫。グーイは味方だよ。」
 ワドルドゥはハッとしました。カービィはいつの間にかベッドから立ち上がり、グーイに向かって歩きました。
 ふたりは、静かに見つめ合います。その両方が、優しく、そして少し悲しそうな表情でした。
「グーイ……あの…お兄ちゃんと戦ったときね……
ふたりとも……すごく悲しそうだった。」
 グーイは驚いて、息をのみました。

「ぼくね、生まれたときに……というか、拾われたときに、ひとりぼっちだった。
みんな優しくしてくれたけど、家族になってくれたけど、でも、どこかに本当の家族がいたら、嬉しいな。すっごく嬉しいなぁ……って、ずっと思ってた。
……お兄ちゃんね、怖かったけど、でも、お兄ちゃんだって思ったんだ。きっと、宇宙でたったひとりの、ぼくのお兄ちゃんだなって。
だから……だからね、ぼく、お兄ちゃんに……あんな悲しい眼をしてほしくないんだ。」

 そして、カービィはにっこりと、笑いました。
「……グーイ、ぼくはもう、迷わないし、負けない。
だから、一緒に戦おう。」
 カービィの差し伸べた手は、ふっくらと柔らかく、優しい体温でした。
 グーイの、体温の無い指がその掌に触れたとき、カービィの掌に、ぽつりと、綺麗なしずくが落ちました。
「……はい。カービィさん。
僕は貴方を、信じます。」





 陽が昇り、金色の光が、その金色のボディを照らします。
 薄い墨のような闇は取り払われ、薄紫、薄青い雲が儚く空に散っていました。星は、わずかに輝いています。
「うっわああ……。」
 カービィは、素直に感嘆します。
 その金色の乗り物は、遙か遠い記憶の中で、見覚えがあるようでした。この感嘆に、懐かしさと親しさが含まれているようでした。
「ワープスターだ。」
 ひとりで地下から地上まで、この2、3人は乗れるぐらいの大きさの船を運んでいた大王は、軽く息を切らしながら得意げに言います。
「宇宙で一番速い。
……ったく。お前のことだ、どうせ、敵のことを諦めちゃいないんだろう?」
「う……うん。」
 カービィは、仕方なく頷きました。どうせなら、あまりひとに迷惑をかけないで出発したかったのですが、大王はこのまま引き下がるとも思えません。
「よし……じゃあ、すぐに出発だ。」
「え!?あの、大王…。」
「ただし、条件付きでな。」
 大王は、その滑らかなでいかにも鉄の質感を思わせる、けれどとても温かいボディを撫でながら言います。
「俺も一緒に行かせてもらおう。」





 キュィイイインッ。





 ワープスターは、久々の起動に喜んでいるように、猛々しく朝日に聳えます。
「陛下、カービィ殿、グーイ殿!ご健闘祈ります!!」
 ワドルドゥが、ワープスターに向かって叫びます。本当ならご一緒し、少しでもお役に立ちたいのですが、ワープスターの質量を考慮し、その提案は伏せました。
「陛下ーー!!
絶対、ぜぇっったい、無茶無謀は御法度でゲスよーー!!?」
「大王様ーーー、がんばってぇなーーーっ。
カービィちゃんも、えーと……グーイちゃんも、無茶せんといてぇなぁーーーっ。」
 仮眠をとっていたエスカルゴンとクラッコも、大王が宇宙に出発すると聞いて応援にかけつけています。妙な言葉遣いの方がエス、関西弁の女性がクラッコです。
 大王は船の窓から手を振りましたが、それは外からは見えませんでした。
「えーーと……ここがこうで、これがこうで……。」
「カービィさん……本当に、運転できるんですか?」
 グーイが心配そうに聞きます。グーイはダークマターの姿から、元の、はじめて出会ったその姿に戻っていました。
 カービィの、船内を調べる手つきは危なっかしく、何となく頼りなさげす。何しろ、触ったこと自体がはじめてでてしたから。
「うーん……うん!大丈夫!!
じゃ、大王、グーイ!出発するよ!!」
「はい。」
「よしきた!」
 カービィの目の前に、青白いモニターが現れます。それはテレビの画面のような物ではなく、光の板に似ていました。
「ていくおーーーふっ!」



 キィィィィィィィンッッ。



 それは、一筋の流れ星でした。
 空の彼方に消え、瞬く星のひとつとなり、やがて見えなくなりました。
「陛下……あいかわらず、無茶な御方でゲス……。」
「しゃーないでぇ。なんてったって大王様やし。
それに……きっと大丈夫や。」
 ワドルドゥは、遠い、白く染まった空を眺めています。
「……皆さん……どうか、ご無事に……。」
 それは、遙かな祈りでした。





 宇宙を飛翔するワープスター。金色の光。
「すっごーーい……なんか宇宙って、すっごいなぁ…っ!」
 カービィは、感動して叫びます。しかし、ちょっと気になり、大王に振り返りました。前の座席と助手席にカービィとグーイが、後ろの、子供が二人乗れるぐらいのスペースの席に、大王がどっかりと座っていました。
「なんで、大王も行くって言ったの?
……あんまり、巻き込みたくなかったのに…。」
 ちょっとぶーたれ気味なカービィ。デデデは少し頭をかいて、そしてカービィにチョップを食らわせました。
「いったぁあーいっ!」
 軽く涙目です。
 大王は、ふーっとため息を吐き、

「お前は、まだチビなんだ!!
勝手に戦って、大怪我して……
少しは俺達に頼れ!!信頼してくれ!!
俺は……もう、お前を……」

 そこまで言って、ハッと、口を塞ぎます。心なしか、顔が赤いです。
「あーーーくそ…っ
だから、勝手に負けるなんて、この俺様が許さねーってことだよっ!
……お前のライバルは、この俺だっ!」
 そう叫んで、それきりそっぽ向いてしまいました。
 カービィは唖然としています。しかし、急に、くすっと笑いました。
「……ごめん。大王。
じゃあちょっとだけ、力を借りてもいい?」
「……勝手にしろ。ばか。」
 背中を向けていても、確かな信頼がそこにある。
 ふたりとも、その絆が、たまらなく愛おしく感じていました。

 ワープスターは、戦士が望んでいる場所へ、真っ直ぐに運んでくれます。そこがたとえ、敵の本拠地であろうとも。
 グーイの胸が、妙にざわついていました。
 ……暗黒の要塞、ハイパーゾーンが、グーイにだけ、見えています。
 まぶたの裏の、焼き付けられた記憶として。