第7話 光と闇(1 〜双子の戦い) カービィは反射的に、デデデのハンマーを握っていました。星の光が溢れ、ハンマーはカービィの力と同調し、とても重たいはずなのに、それは長い年月を共にした生涯の武器のように軽々と弧を描き、 ガキィン! ルビィの攻撃を弾きました。 (大王……少しだけ、借りるね!) 心の中でそう呟き、気絶した大王をちらっと見て、その顔色が酷く悪いことに胸を痛め、そして、ルビィを睨みました。 ルビィは氷のように無表情に、輝きを失くした虹の剣を操ります。 「もう……誰も傷付けさせないから!」 ハンマーを、強く地面に叩き付けます。 巨大な振動は、けれどルビィに対して目眩まし程度にしかなりません。 明らかに、カービィは不利でした。けれど諦めることはできません。彼は大王のハンマーで戦っています。握るその木の湿度と温かさが、カービィを励ましていました。 ヒュージは微笑みます。彼の身体は、周りの影と同化し、暗闇に金の髪を落としていました。 「そうだ、ルビィ。私の言う儘と成れ…… 私とお前以外の全てを……闇に帰してしまえば良い……。」 病的な声でした。けれど、彼には気に病むことも何一つ無いのです。彼はルビィを支配することが快感でした。それ以外、ダークマターの本能以外の全て、彼の知るところではないのです。 その時、彼の闇に張り巡らされた神経を逆撫でする、奇妙な感覚が走り、それは静電気のようにバチッバチッと、彼の闇を侵略する、新たな影でした。 ヒュージは笑いました。異常に見開かれた眼が血走り、頬が引き攣るほど唇を歪めて。 「カハハハハハハッ!! ああ、そうだったな? お前も居た! 我がヒュージ・ダークマターの影から発生した異端者めが!! カカカカカッ!! ルビィを誑かす事ではまだ足りぬか!!お前もまたダークマター也!! 欲深きダークマター族よ!!」 グーイは冷たく、まるで深い森の忘れ去られた湖のように静かに、群青の闇を纏っていました。 「ヒュージ……もう僕には、貴方を許すことは出来ない。 ルビィさんの手に入れた全ての温もりを奪う事が、貴方のやっていることですよ。 貴方にルビィさんを幸福にすることはできない。ルビィさんをこのまま貴方が闇に閉じ込めていけば、いずれ全てが狂うでしょう。」 そして、グーイは皮肉っぽく笑います。それは、優しき彼の微笑みではありませんでした。 何かを壊そうと思案する、ダークマターの微笑みです。 「貴方にルビィさんは渡さない。」 瞬間、ヒュージの顔がぐるりと歪み、影から触手が飛び出し、グーイに襲いかかります。 「カカカカカカカカカッ!!!」 グーイは腕を前に差し出し、それは闇色のつぶてとなり、触手を食いちぎるように放射され、グーイは舌で頬を舐めました。ぺろりと。 ルビィは、痺れた頭の中で、音も色も遠くなるのを、ただ感じていました。 今、その身体は、彼の物ではありませんでした。 ヒュージの闇がのたうつ様に、身体を撫で回し囁き交わし、何一つ、わからなくなってしまいました。 闇の中でした。 けれど、それはずっと昔から、その身に感じていた感覚です。 ずっとずっとずっと、物心がついたときから、闇に生き闇に支配され、涙さえ凍るくらい静かに冷たく、ヒュージのために生きていました。 ……いえ、けれど……。 たった少しだけ、温かな光の下で生きていた記憶が、でも、その記憶は冷え切った肌に温かすぎて、火傷してしまいそうになって、もう、触れることは、出来なくなっていました。 闇の監獄で、彼は温度も不幸も、忘れかけていました。 冷え切った肌で。 ガキィンッ! 「くぅ…!」 衝撃波が強くカービィの身体を打ち付け、耐えることもそろそろ限界です。 でも、攻撃はことごとくかわされ、それよか、その攻撃でさえ逆手にとっているように、ルビィのカウンターは力を増しました。 大振りのハンマーと、隙の少ない、カマイタチのような刃とでは、優劣は圧倒的でした。 ルビィは素早く敏捷で、おまけに攻撃の威力も凄まじいものがあります。しかし、カービィのハンマーは、攻撃力はあってもスピードが無く、しかも大振りの所為で隙が多く、刃に狙われる事は必至です。カービィは考えました。考えようとしました。けれど、そんなヒマは全く与えないように、ルビィの刃は風のように迫ります。 ピッ! 「うあっ!」 頬が切れ、尻餅をついてしましました。 ビュッ 刹那、刃はカービィの首を撥ねようと一直線に振り下ろされます。 しかし、刃はそのまま、動きませんでした。 1秒と1秒が長く、けれど刃は少しも動きませんでした。 「………何故だ………。」 どんなに力を込めても、カービィの首の柔肌の上で、それは、時を止めています。 「虹の剣……何故、何故動かない!!」 一瞬、虹の剣とカービィの星が、同調するように、輝きました。それで、カービィは全てを知りました。 「お兄ちゃん……虹の剣は、もう戦いたくないんだ。」 ルビィの眼が細くなり、「何だと?」と呟きます。 「虹の剣は、僕ら……星の戦士の、武器だから。 虹の剣はお兄ちゃんの剣だから、お兄ちゃんの言うことを聞きたい。 でも、お兄ちゃんは、迷っている。ぼくを殺そうとする気持ちと、ぼくを殺そうとしない気持ちが、ごちゃごちゃになって、虹の剣は、動けないでいるんだ。」 「私は……迷ってなど、いない。」 「じゃあ、どうして剣が止まるの? ずっと、その剣は、お兄ちゃんと一緒だったんでしょ? ずっと、お兄ちゃんの心の、一番近くにあったんでしょ?」 「……黙れ…!」 パシィ! 虹の剣は、ルビィの掌の中でフラッシュし、弾けて、カービィの隣に落ちました。 しかし、ルビィの眼は、まるで痛みなど感じていないように見開かれ、そして、その腕は、カービィの胸ぐらを掴みました。 「え…っ!?」 突然の強襲に戸惑い、その戸惑いは、そのまま痛みに変わりました。 首が、ギシギシと鈍く締め付けられています。 目が開けていられなくなって、ただ苦しさと痛みで息が詰まります。いや、息など、全く不可能でした。 痛みが痺れるほどの苦しみの中で、カービィは潤んだまぶたを開きました。 ルビィの表情に、これといった色は、ありません。 ただ、灰色のルビーの眼に、深く深く、闇がありました。 「お兄……ちゃ……ん……。」 一瞬、指の力が、弱まりました。 「……お…兄……ちゃん………ぼく……ずっと…………待ってたんだ……よ……… 会いたかった………なぁ………… ……もっと………早くに……………… そうすれば……きっと………だいおうとも…………仲良く………でき……た……かも……………………しれないのに…………………」 「…………黙れ……。」 指の力が徐々に弱まり、ルビィは戸惑っていました。 カービィは首に添えられた掌に触れ、荒く息をつきながら、ルビィに微笑みました。 ルビィは、この掌の温度が信じられなくて、指が震えました。 「……お兄ちゃん、帰ろうね。 ポップスターに、ぼくらとグーイと大王と、みんな一緒に、帰ろうね……。」 ルビィは、凍った感情が溶けていくのを感じて、そのカービィの頬に、まるで子供のように、恐る恐ると、触れようとしました。 瞬間、金色の稲妻が、ルビィを撃ちました。 叫び声さえ上げさせず、ルビィの意識は砕かれ、倒れる前に、その身体は闇の触手に攫われます。 カービィは呆然としました。 「お……お兄ちゃんっ!!」 ほとんど悲鳴に近い叫びでした。カービィは、その黒い触手を追おうとします。しかし、彼を制したのは、グーイでした。 「だ…めです……カービィさん……。 闇の王……金色の闇に……下手に触れれば……闇に、心を奪われます……。」 「ぐ、グーイ…っ!?」 グーイには、片目が失くなっていました。憔悴した、悔しさの滲んだ笑みを浮かべます。 「迂闊でした……あいつを消滅させる事が僕には出来ると、思っていましたよ……早く戦いを終らせる事ばかりを考えていた代償ですかね……。 あいつは……この星のほとんどのダークマターのエネルギーを集めて……肥大化してます……力も……闇の重量も………。 ……あいつはもう……狂った……闇…………そのものに…………。」 「グーイ……もう喋らないで。」 カービィは、グーイの肩を抱いて、泣きそうに呟きました。グーイは、首を振り、カービィの痛んだ首筋を撫でました。 「ヒュージを抑えきれなくて、本当にごめんなさい……。 僕も少し……闇の力を使いすぎて……心が歪んでいたようです……。 ダークマターの本性を、僕は曝けすぎた……ヒュージと、同じ舞台で戦っていた……それが僕の敗因です。」 そして、グーイはカービィに向き直り、カービィとはじめて会ったときの様に、優しく微笑みました。 「闇に対して本当に強いのは、同等の闇の力ではありません。 闇を切り裂き、照らしだす光です。 光に強さは関係ありません。ただその光が、自らだけでなく、他の影や闇をも包み込み、照らすことが出来るかです。 カービィさん……貴方の光は、僕らダークマターさえも照らす、正しい光だ。」 カービィは頷き、少しだけこぼれた涙を、拭きました。 グーイはその瞳の優しさを確認するように頷き、 ドシュッ そこには、言葉もありませんでした。 グーイの胸から、黒い触手が一本、生えています。 何もかもがするすると意識に絡まらず、認識が困難です。 カービィに、グーイが倒れ込み、その口から溢れた黒い血の、冷たさで目が覚めました。 「…あ………あぁっ…………グーイ!グーイぃ!!!」 グーイは虚ろに目を閉じ、ピクリとも動きません。 「カ……カカカカカカカカカカカカカカカカカァァ…ッ!! 要らぬ、要らぬ、要らぬなァ…!! ククククク……紅の君よォ、君さえ、君のみだ、我に必要な全ては…!! カカカカカカカ!! 星の戦士よ!紅の片割れよ!!あとは貴様!!貴様のみ!! 異端の者はもう動くまいよ!! クカカカカカカカカッ!!我等の邪魔はもう消える!! ああ、紅の君よォォ!!カカカカカカカカ!!!」 ヒュージの金色の髪が、闇になびき闇に踊り、その下半身はのたうつ触手が、ねたねたと動いています。 その中央に、ルビィは気を失って、捕らわれていました。 「カカカカカカカカカカカカカカカカァァァァァ!!!」 “金色の闇”と呼ばれたダークマターの王の、狂ったような笑い声が、暗闇に響き渡ります。 |