第4話 大王の約束 デデデ大王は、ギリッと強く唇を噛みました。噛み切ってしまう、寸前ぐらいまで、強く。 「…クソ…ッ」 低く唸るようにそう呟き、そして、死んだように眠っているカービィに、目を落としました。 大王が駆けつけたとき、カービィの傷の凄まじさは、大王の信頼する優秀な医師、エスカルゴンとクラッコの二人の口を塞ぐほどでした。 特に、血が苦手なクラッコには修羅でした。しかし、卒倒しそうになるのを堪え、懸命に治療に当たってくれ、何とか、一命を取り留めたのです。 まぶたはくぼみ、柔らかな肌はつやを失い、桃色のかわいらしい頬は青白く、今にも消え入りそうです。激しい出血を物語るすべてと、今だ意識を取り戻さない、カービィ。あれから、もう半日も経っていました。 「陛下……。」 側近として待機していたワドルドゥ隊長は、デデデ大王の、沸き起こるような怒りと、目の前でカービィを斬り裂いた者に対する憎しみに堪えられませんでした。普段、とてもカービィに優しい彼です。この怒りと憎しみは、彼を丸ごと連れ去ってしまうような気がしました。狂気の世界へと。 「…ワドルドゥ…。」 デデデは、ハッとしたように、ワドルドゥを見返しました。そして、小さな声で「すまない」と呟きます。 ドゥは、胸が潰れるような思いでした。 「すまない……だが、少しだけ、ひとりになりたいんだ……。 カービィを、頼む……。」 そして、ふらふらと立ち上がり、重い扉の奥、暗い廊下へと消えてゆきました。今の時刻は午前の2時。カービィと、そして群青の髪の少年を発見したのが、丁度、半日前の午後2時。ずっと治療にがんばってくれたクラッコ先生とエスカルゴン閣下は、今は仮眠をとっているハズです。 ドゥは、気絶したまま意識を取り戻さないカービィのひたいにそっと触れ、いつも温かな体温が冷たくなっているのにゾッとしました。 そして、カービィを城に担ぎ込んだ時の陛下の、鬼のように鬼気迫った表情を、思い出していました。 「クソッ!」 ダン! 壁に打ち付けた拳はわなわなと震え、激情から上気した顔は、夜叉のようでした。 「クソッ、クソッ、クソッ…!!」 壁をぶち壊さん程の力で、何度も何度も打ち付けます。いや、本当に、壁にはヒビがいくつも入っていました。 しかし、誰も彼を止めることは出来ませんでした。何故なら、彼が今、本当に苦しんでいることが、彼を知る誰もに判っていたからです。 カービィのことを、彼は誰よりもかわいがっていました。年の離れた弟のように、やんちゃに。 時々、力試しのような勝負をすることもありました。 両方が本気になる、一対一の勝負です。もちろん、両方手加減なんかしません。そして、時々大王が勝ち、そして、多くの場合カービィが勝っていました。 大王は自分が負けたときのほうが、勝ったときよりもむしろ嬉しそうでした。そして、大王に与えてしまった傷を心配するカービィの空色の髪を、くしゃっと撫でて、強くなったな、と、嬉しそうに言うのです。その度、カービィは鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、大王ってへーん、と、かわいく笑うのでした。 そんなカービィが強敵と対峙し、そして重傷を負ってしまったのです。自分の目の前で。 カービィの家と大王の城は、大して離れてもいません。天候が急激に変化した時点で、気づいていれば良かった。もっと早く駆けつけて、そうすれば、護ってやれたかもしれない。こんな傷を負わせないですんだかも知れない。痛い思いをしなくてよかったのかもしれない。 けれど、大王の目の前で、カービィの背中は斬り裂かれ、カービィは今だ、生死の境を彷徨っているのです。 大王の想いは激しく、そしてとても、痛々しいものでした。 カチャ。 突然、ドアが開きました。大王ではありません。大王は、こんなに音を小さく済ます事が出来るほど、控え目ではありませんから。かといって、先生や閣下、ワドルディ達でも無い雰囲気です。 「誰ですか!?」 隊長として、常に身に着けている短剣を反射的に抜きます。ドアの向こうからやってきた人物は、やはり控え目な表情で微笑みました。 「大丈夫です。僕は、カービィさんに危害を加える気はありません。 そして、貴方にも。」 丁寧で、かつ有無を言わせぬ口調。ドゥは、その人物の登場に、一瞬ひるみました。 カービィと一緒に倒れていた、群青の瞳の少年。 「……危害を加える気は、無い……とは、よく言いますね。 カービィさんの怪我の原因は貴方だと、私は睨んでいるのですが?」 …………。 ワドルドゥは、黙っている少年を観察します。これから少年が、どうでるか。場合によっては、剣を振るう覚悟でした。 「……失礼しました。自己紹介がまだでしたね。 僕は、グーイと申します。 理由があり、カービィさんに助けを求め、他の星からやってきました。 カービィさんが傷ついた原因が僕である、と、お思いならば、それは正解になります。 しかし決して、故意はありません。そして、僕は、今カービィさんを救う手立てを知っています。」 …………。 今度は、ワドルドゥが黙り込む番でした。 他の星からやってきた?一体、何のために? ……そして、この少年は、何者なのか? 疑問と疑惑はいくらでもありました。しかし同時に、この少年……グーイの、とても真摯な気持ちも、感じないわけにはいきませんでした。 彼は、本当にカービィの身を案じ、だから、自分の怪我も酷いのに、訪ねてきたのだ。 ドゥも、カービィには少し手を焼きつつ、陛下が弟のようにかわいがるのも無理のない、とても純朴な少年だということを知っているので、彼の痛みが、傷が癒えるのなら、藁にもすがりたい気持ちでした。 ドゥは、ゆっくり深呼吸し、そしてもう一度、グーイを見つめました。 ……濁りのない、深いブルーの瞳。 それは、嘘の言える眼ではありませんでした。 「……わかりました。グーイ殿、貴方を信じます。 先ほどまでのご無礼をお許し下さい。」 ワドルドゥは、深くお辞儀をします。それは洗練された、綺麗な動作でした。 しかし、油断はしていません。 「けれど、貴方の行いがカービィ殿を陥れるものだった場合は……。 私は命に賭けて、貴方を罰します。」 ワドルドゥに剣技を授けた師匠は、言いました。 剣で相手を傷つけるときは、必ず自分も同じほどに傷つくことを覚悟すること。 剣で相手を殺すときは、自分も命を賭けること。 「大丈夫です。」 グーイはそう言い、ワドルドゥ隊長に言います。 「カービィさんの、スターロッド……というものを、ご存知ありませんか?」 「スターロッド……これですね?」 ワドルドゥは、ベッドサイドでタオルに包まれていた金色のロッドを取り出しました。 その星型の飾りは、まるでカービィの鈍くなった心臓の動きのように、きらり、きらり、と、光り輝きます。 「カービィさんは、星の戦士です。 もちろん、怪我に通常の治療も効きますし、自己治癒能力は凄まじいものがあります。 しかし、それらにも限界がある。 今のカービィさんの様に、通常の治療でも、治癒能力でも補えないほどの重傷を負ったとき、スターロッドは、真の力を発揮します。」 「……真の力……。」 ワドルドゥは、陛下がカービィの不思議な能力を「星の戦士の力」と称していたことを思い出しました。 スターロッドでコピー能力を発揮し、戦っている姿にも、何度も出会っています。ほとんどは陛下との力比べの戦いでしたが。 「グーイ殿、貴方は一体……何者なのですか?」 「僕はただの……裏切り者ですよ。」 切なくそう呟き、カービィの胸元に、スターロッドをそっと捧げました。 その時、点滅するロッドから光の洪水が湧き出し、眼を開けていられないほどの金色の光が、カービィを包みます。 「!」 瞬間、光は爆発したようになって、そして、沈静しました。 スターロッドは、また、ゆっくりと点滅します。しかし、それは前のようなひどくゆっくりしたものではなく、健全な心臓の呼応でした。 カツン。カツン。カツン。 デデデ大王は、ひとり、城の地下道を歩いていました。 乾き、冷えた、埃くさい通路です。 しかし、ほったらかしにしていたわけでもなく、蜘蛛の巣も崩れたレンガ屑も無い、それなりに清潔な空間でした。ワドルディ達は、城のどこもを綺麗にしてくれているのです。 カツン。 「……久しいな……本当に、久しぶりだ。」 大王は、少しだけ、口元をゆるませました。 デデデ大王の目の前には、巨大な金色の姿が、悠々と横たわっていました。 重々しい、その金色のボディ。しかし、それは正しい持ち主が正しく使用すれば、本当に光の如く、速く、そして美しく飛翔することを、大王は知っていました。 「カービィ。……いや、カストロか。お前の力を借りたい。 ……このワープスターを、お前と約束した奴が使うときが来たんだ。」 ヴゥ…ン。 その言葉に、ワープスターは眠た気に、鈍く光りました。まるで、頷いているかのように。 戦士との再会を、喜んでいるかのように。 |