第3話 紅蓮の冷酷



 カービィには、様々な疑問や想いが混乱していましたが、ルビィは、カービィに時間を全く与えませんでした。
「カービィさん!!」
 今度は、グーイがカービィを助けます。グーイはすんでのところでカービィを後ろに引き離し、そのまま滑るように避けました。
 ルビィの一刃は風を斬り、真空の衝撃が、カービィにビリッと届きます。心臓が激しく鳴り続けているのを、カービィが一番よくわかっていました。

 グーイの言うとおり、ちょっとでも油断したら、死んじゃう。

 カービィは手の甲をグッと噛み、そして、少しでも落ち着こうと務めました。
「カービィさん、避けて下さい!」
 その声をバネにしたように、カービィは軽やかにジャンプしてかわします。それでも、空気の重さが、直接カービィに届き、バランスを崩れてしまうくらいです。
 ザッ。
 カービィが着地したそこは太い木の幹。カービィは全神経を集中させ、冠の上で燃える炎が、カービィを一瞬で包みました。
 そして、カービィはずば抜けたバランス感覚を発揮し、ほぼ垂直の幹にグッと足の力を込め、ルビィへと飛びました。
 それはまるで大砲の弾のような、炎の弾丸です。
「バーニング……アターーック!!」
 しかし、カービィの猛攻も、ルビィの剣技の前では、何の役にも立ちませんでした。
 ルビィがその虹の剣を振り上げると、カービィを包んでいた炎は消え失せ、カービィは驚愕と共に振り落とされます。
「…死ね。」
 ルビィの凍える声色に、カービィはビクッとたじろぎ、その瞬間、虹の剣の閃光は、すぐ目の前に迫ってました。
「カービィさんっ!」
 グーイの叫び声と共に、掌に黒い光が集まります。しかし、刃は既に、カービィの額の薄皮に触れていました。
 掌の光は闇色の雷に変わり、それはバチッと弾けながら、ルビィとカービィの間に光速で割って入ります。
 瞬間、それは黒い光の爆発に変りました。
 ルビィ、カービィ、両者が後ろに吹き飛ばされ、しかしルビィは、ギリッと唇を噛んだ後、グーイの方に向かって、虹の剣で空を切ります。
 それは虚空に対するものではなく、青い光を帯びた衝撃波は凄まじいスピードでグーイに直撃し、グーイは胸が破壊されそうな激痛を感じました。
 カービィが、果てしない一瞬の硬直状態から解放されたとき、額からは血が溢れ、カービィは驚きと痛みに小さな悲鳴を上げました。視界が狭まれ、目の前もよくわかりません。
 グーイは軋むように痛む胸部に腕を丸め、身体を少し動かすこともままならず、息すら満足になりませんでした。
「……グーイ。」
 ルビィは、草を踏む音さえ立てず近づいて、グーイの前髪をグッと掴み、氷のような表情で、グーイを覗き込みました。
「何故……裏切った…?」
 グーイの胸は張り裂けそうなまでに痛んでいましたが、それでも、強くルビィを見つめていました。
 それは非難でも嫌悪でも恐怖でもなく、ただ、優しさと哀しさと、様々なやりきれない想いの、切ない眼でした。
 ルビィは、心臓がドクッと鳴るのを感じ、グーイを睨みます。
 しかし、何故か心の奥が熱くて、涙がこぼれそうになるのです。
 ルビィは、わけのわからない激情を押さえて、静かに叫びました。
「何故……そんな眼で私を見る…?」
 グーイは、ゆっくりと口を開きます。
「僕は、貴方を不幸にはしたくありません。
ルビィさん、貴方は、自分のしようとしていることがわかっているのですか?
カービィさんは、貴方を不幸にはしません。けど、ヒュージは違う。
彼奴は貴方を幸せには、しません。貴方の傷を深く深く抉り続けるだけです。永遠に。
僕はそんなこと、絶対に許せません。」
「……黙れ。」
 ルビィの腕の力が強くなり、グーイの表情が険しくなりました。
 空は暗く、雷鳴が響き、唸るように雲が渦を成しています。
「お前に……お前に、何が解るという?」
 ルビィの声が、表情が、本当はとても悲痛だということを、グーイは一身に感じ、ルビィのもう一方の手が首にかかっても、言い続けました。
「ルビィさん、僕には貴方の哀しみが、痛みが、解ります。
だって僕は、ルビィさんの…―――。」
「黙れ…!」
 握力が一層強くなり、グーイは苦しさから、強く眼を瞑りました。



「グーイから、離れろぉおお!」



「……!」
 ギュアァ!
 その炎の矢は、ルビィの両手と頬をかすめ、そして右肩に直撃しました。
 カービィの、決死の思いの攻撃でした。その衝撃でグーイは地面に落ち、ゲホゲホと咳き込んでいます。
「……貴様……そうか、忘れていた。
貴様も……私と同じ、星の戦士だからな……。」
 矢は、炎をおびた光の針で、触れただけで掌の表面が焼けるほどでしたが、ルビィはそれをズッと引き抜き、青い草の上に捨てました。
 血が一緒に溢れましたが、ルビィは痛みすら感じていないようです。
 カービィは、しまった、と感じます。威嚇のつもりで、直撃させるつもりはありませんでした。
「あ、あの……。」
「……貴様、カービィと云ったか。」
「へ?」
 唐突に名前を確認されて、カービィは少し驚きます。そして、こくりと頷きました。
「そうか……覚えておこう。
カービィ、私の邪魔な弟の名を。」
 ……へ?





 ヴンッ。





 カービィは、意識が真っ暗になるのを感じました。
 音が聞こえなくなり、色が霞み、遠くなり、時間が止まります。
 ルビィは瞬時にカービィの背後をとり、その背に大きな紅い筋を描きました。
 剣は深々と突き刺さり、そのまま振り下ろされたのです。
 背骨が崩れたのも、血が噴水のように吹き出したのも、カービィには一切遠く、ただ、全てが消え去ろうとしていました。
 どさり。
 カービィが草の上に崩れたとき、その息は虫よりもか弱いものになっていました。
 ぽつ。ぽつ。ぽつっ。
 ……雨が。
 プププランドに似つかわしくない、酷く冷たい雨が、景色を鈍色に染めていきます。
 グーイは、絶望で声も出ませんでした。ルビィだけが、顔色を変えず、そこに立っていました。
 そして、最後の仕上げとでもい云うように、虹色に輝く剣を、もう一度、カービィの首筋に構えました。

 ギュンンッ。

「!」
 ルビィに迫ったその巨大な、燃える物体は、そのまま虹の剣に撥ねられましたが、かなり重量とスピードがあった為か、腕にビリビリと振動が届きます。それは、巨大なハンマーでした。
「…………。」
 その、雨で霞む向こうに、赤いマントを被った男が見えました。
 男の表情は、そのままルビィを殴り殺すのではと思えるほど、鬼気迫る表情で、しかしルビィは、やはり一切、表情を変えることはありませんでした。
「…………。
私の役目の一つは、終わった……。」
 そう呟くと、ルビィはグーイを睨みました。冷たく、そして、哀しく。
 グーイは、痛み続ける胸を押さえて、ルビィに向き合い、叫びます。
「僕は、貴方を諦めません!絶対に!!
そして……カービィさんも、その時は、共です!!」
 ……ぐらり。
 グーイも、もう体力の限界でした。そのまま崩れ落ち、そしてルビィも、空に掌を掲げ、紅い魔法陣を描き終わっていました。
「待て!!」
 男が叫びましたが、既にルビィの姿はなく、耳鳴りと共に、晴れ往く空と、倒れる二人の少年だけが、そこにありました。
 雨上がりの滴に、青い空が映っています。





 ダークマターのコロニーである、暗黒の小惑星ハイパーゾーンに、ルビィの身体は戻っていました。眼の奥が熱く、喉が渇き、頭が壊れるくらい痛んでいました。
 心臓のあまりの激しさが、ルビィに歩くことすら許してくれません。胸が痛い。胸が熱い。
 ルビィはそのまま身体を丸めて、冷え切った身体を抱きました。泣けたら、どんなにも楽でしょうが、それすらできません。ルビィの身体と精神を温めてくれるものは、何もありませんでした。
「………違う…………私は……私は……私は…―――ッ」
 ほとんど気が触れたようにそう呟き続け、絶望と、身体の震えが、彼の全てでした。