第1話 闇の紅、星の空



 ルビィは、闇の中にいました。
 他には何もありません。
 声も音もありません。
 ただ、闇だけが、彼を見ていたました。
 視線を反らすこともなく、ずっと、舐めるように。血のように紅い、大きな眼が。

「……紅の君よ…。
此は斯くも滑稽とは思わぬか…?」

 その闇の眼は、嘲るようにルビィに囁きました。
「ふふふ……お前の殺意が向かう矛先は何か…?
のう、君よ……?」
 ルビィは何も応えません。ただ、その、頭に無理矢理響かせるような、気味の悪い声を振りかける眼を、睨み続けていました。
 そのルビィの表情に、生気はまったくありません。怖いぐらいの無表情です。
 紅い眼は……ルビィも炎のような紅い眼をしていましたが、それよりももっと邪悪な、血のように紅い眼が……ルビィに大きく嘲笑します。
「ふふふふふふ……双仔の星の戦士とは!
哀れ、哀れな弟よ。
殺されるのみの運命よ、哀れな君の弟よ!」
「……黙れ、ヒュージ。」
 ルビィは、やっと口を開きました。その声は、氷よりも冷たく、凍えるようでした。
 ヒュージの眼が、さらに大きく見開かれ、狂ったように嗤いました。
「強きは紅の君、お前だけで十分だ。他は要らぬ!
いや、むしろ邪魔な存在!君の魂を分けた幼き戦士め!!」
 眼はルビィを覗き込みます。ルビィの表情が強張り、そして、夢を見ているような、意志のない、ぼうっとした表情に変わりました。

「紅の君。君よ。
君は私の物。誰にも渡さぬ。誰にも汚させぬ。
愛しき君よ、君よ!
お前は永遠に私の物だ。」

 そして、紅い眼は消えました。
 ルビィは独りで、その、何もない闇に取り残されました。
 頭の中が、黒い靄がかかったように、ハッキリしません。そして、身体が恐ろしく震えていました。寒いように。
 ルビィは、手足を手繰り寄せて、ぎゅっと抱きしめました。それが孤独になるだけの行為だと言うことも、よくわかっていました。





 ヒュージは、違和感を感じていました。そして、その違和感の原因に対して、憎しみを燃やします。
「……グーイ。グーイ。異端の君よ。
やはり私を裏切るのか。
私の力を分け与えた、私の忠実な僕よ!
おお、ならば消してくれる!!」
 闇に呟き、そして、真っ黒の目玉が、紅い魔法陣に吸い込まれました。向かう先は、金色の星。
 グーイは、その金色の惑星にいます。
 ……そう、カービィという名の、二人目の星の戦士がいる、ポップスターと呼ばれる惑星に。





 カービィは、不思議な夢を見ました。
 不思議な。そして、恐ろしい。
 ぼーっとあたりを見渡して、いつもの朝日に照らされた風景を確認して、ほっとします。

 本当に、不思議な夢でした。そして、恐ろしい。
 夢の中で、カービィはとてもとても孤独でした。いや、カービィが、と、いうより、カービィが、誰か他のひとの記憶のなかを彷徨っているような感覚でした。
 孤独で、誰もいなくて……大切だったひとも、みんないなくなっていて、気が狂いそうなくらい、寂しく、哀しく、孤独でした。
 その時、足元から、闇色の触手が吹き出し、足元を奪いました。
 わめく暇すら与えず、あっという間に、闇に呑み込まれ、そして、その闇のなかで、大きな眼がありました。血のように紅い、邪悪な眼でした。
 心が千切れてしまいそうなくらい暴走していた、その時でした。だから、もう、そんな邪悪でも信じてしまって、正義や夢を見ることも無く、闇に沈んでいきました。
 けれど、カービィは感じました。
 邪悪と、闇ばかりではない、心のある、優しいまなざしも。
 その記憶の主が、そのまなざしに気付いていたかどうかは、定かではありませんでしたが。
 夢はそこで終わっていました。

「おかしな夢だったなぁ。」
 カービィは、小さな洗面台に水を張ると、ぱしゃっと勢いよく顔に浴びせました。それは冷たく、眠気もあっというまに吹き飛ばしてしまいました。
「んーっ!」
 猫のように伸びをします。朝日がキラキラと輝いていました。

 トン、トン。

「?」
 カービィは怪訝に、音の鳴った扉を見ます。今日はまだ早くて……カービィはあの夢のせいで珍しく早起きしていて、尋ねるような人物は思い浮かびません。
「誰だろう…。」
 カチャッ。
 カービィが扉を開けると、そこには少年が立っていました。優しい表情の、男の子でした。
 しかし、カービィには、そのほほえみが妙につっかかります。いや、優しさはしっかり感じるのですが、その表情は、まるで自分を警戒させないように、無理にとっているようで。
「貴方が、星の戦士のカービィさん、ですね?」
「え?」
 カービィは、今まで星の戦士と呼ばれたことはほとんどありませんでした。
 ただ、デデデ大王が時々、懐かしそうにその単語を呟くぐらいで。カービィはどきっとしましたが、嘘はいけないと思い直し、頷きました。
「うん。ぼくがカービィだけど……。
君は、だれ?」
「僕は、グーイと言います。残念ながら、素性はまだお話しできません。
カービィさん、失礼かもしれませんが、貴方にお願いがあります。」
 グーイは大きく頭を下げ、カービィは頭を下げられたことなんか一度もなくて、とても驚きました。

「どうか、助けてほしい方がいるのです。
……貴方の、兄に、あたる方です。」

 長いこと、小鳥のかわいらしい鳴き声と、風の音しか聞こえませんでした。
「………………え?」
 カービィは、ぽてっと、しりもちをつきました。驚きのあまり、目がまんまるになっています。
 そして、黒い目玉が、空の向こうから、猛スピードで迫ってくるのが、遠くに見えました。