夢幻桜U ―双界―



 空は、蒼く深く、澄み切っていた。
 まるで、この世界に淀み汚れたモノが存在しないかのように。
 しかし、なによりも美しいモノでさえ、この世界から締め出されることがある。

「…があぁぁぁぁぁ!!?」
「大王っーーーー!!!!」
 蒼い光弾がデデデの腹部に当たり、そのまま大地に打ち付けられた。
 今の技で、アドも、グーイも、マルクも、リボンも、デデデも、大切な者達全てが、瀕死の重傷を負っていた。
「……!!」
 カービィは、キッと、その「敵」を睨んだ。

 今まで、存在すら知らなかった。
 でも、確かに今、目の前にいる。
 以前ダークマターが言っていた、ダークマター達の首領。

 ………兄、ルビィ。

「……本当、手応えすらない……」
 ルビィは、血の様な紅の瞳をカービィに向けた。
 紅い瞳以外、外見的な違いは見られない二人だが、よくよく見ると、全く雰囲気が異なる。
 冷静冷酷なオーラと、正体すら掴めない、邪悪な気。
「…君は…!!何で僕の大切なヒトを傷つけるんだよ!!」
 怒りで声が震え、眼は憎しみの色に染まっていた。思えば、カービィが誰かに対して憎しみを覚えたのは、これがはじめてだった。
「…何で?それは私にとっても同じ事だ。
お前らは、私の仲間であるダークマター達をほぼ全滅にまで追い込んだ。」
 ぞっとする様な暗い声で、ルビィは付け足す。
「その報復だ。」
「でも…!!
ダークマターはリボンちゃんの星を襲った!!そしてダークマターをどーにかしなきゃ、さらにたくさんのヒトが傷ついた!!だから……!!」
「報復。」
 闇色の声はカービィの心を惑わせる。
「やられたら、やり返す。」
 ルビィの鋭利な剱がカービィに向かって閃光を放つ。
「苦しみは…憎しみは、輪廻する。」

 キィィィイン!!

「うわぁぁぁあ!!!!」
 光は見事にカービィに当たり、そのまま後ろに倒れ込む。
 カービィは口から出た血を拭い、スターロッドをルビィに振る。

 パシュン!!

 ルビィはその攻撃をかわし、カービィに閃光を打ち付けた。
 スターロッドの光と相殺し、爆発が起きる。
「君は……どうして戦いを続けるの!?」
「…何故か、と?」
「さっき戦いはリンネするとか言ってたけど、絶対違う!!どこかで戦いを止めれば、戦いは終わる!!」
 カービィは大きな声で叫んだ。
「……なら、お前が今していることは何だ?」
「…これは……戦わないと、僕自身を……守れないから………。」
「そう。戦うことこそ生きること。」
 冷酷な瞳でカービィを見据える。まるで心を見透かすかのように。
「いわば、生命の宿命。」
「違う!!
戦うことが生きることなんて、絶対間違っている!!」
「しかし、戦わないと生き残れない。」
「…う……………」
「奇麗事(きれいごと)など、この世界では通じない。」
「違う!!!」
 言っていることが矛盾していることも、カービィは理解していた。
 激しい攻防戦が続き、カービィ達は、レッドキャニオンの大火山、火口に来ていた。
 不気味な地響きをたてる火山。暑さと蜃気楼はカービィの視界をボヤけさした。
 一瞬の隙をつき、ルビィの剱がカービィの頭上を滑る。
「……っっ!!!」
 もはや、声を出す気力も残っていなかった。
「お前は、戦うことは間違っている。と、言ったな?」
「…………?」
 カービィはボヤけた視線でルビィを見た。自分に向けられた剱は、無機質な輝きを露わにしていた。
「それが答えだ。
お前と私は違う。」
「……え…?」
 カービィの頭の中はごちゃごちゃになってしまった。ただ疑問符を口に出せるだけだった。
「たしかに、生まれたのは「星の花」。由緒正しき星の戦士だ。
だが、私はファイナルスター、ダークマターの星で育った。
生まれは「光」だが、親しんだのは「闇」。お前とはたとえ双子でも、違う。
お前とは、全てが違う。」
 頬にまとわりつく金属質の冷たい感覚が、カービィを現実へと引き戻す。
「同じ根から育まれれたにもかかわらず、決して交われない蔓草(つるくさ)のように。」
 ツー…、と、カービィの頬が血に彩られる。
「…何が……?」
 何が言いたいの?
 カービィはそう口に出そうと思ったが、どこからか湧き上がる底知れぬ恐怖が、カービィの声をかすらせた。
 それでもルビィはカービィの言いたいことが分かった。
「「光」と「闇」は、対極だ。
そして、その目的が、生き方が違う限り、互いにつぶし合わなければいけない。
どちらかが破滅するまで。」
 ルビィの剱が視界を閉ざす。太陽が煌々と輝き、銀の光がカービィの蒼い瞳に降りかかった。
 カービィは、まるで魔法にかかったかのように、その場を動けなかった。
 ……違う、圧倒的な、恐怖。恐怖が、カービィを支配する。
「……さよなら。」
 今までの声の中で、最も生気がある言葉だった。その言葉はカービィの心にしがみついて離れない。
 カービィに、剣が振り落とされる。

「……待っ…て下さ…い…」

 ルビィとカービィは、瞬間的に声がするほうを振り向いた。片方は一寸の希望として、片方は邪魔者の早期発見として。
「…グーイ……!」
「…最後のダークマターか。」
 グーイは、ダークマターだ。
 ファイナルスターで生まれ、ファイナルスターで育った。ルビィの指示で星を襲い、ヒトを傷つけるダークマター……。
 グーイは、ダークマターだ。
 その言葉が、カ−ビィに重くのしかかる。
 たとえダークマターでも、グーイはカービィの大切な親友だった。ポップスターを襲うことを拒み、ルビィ達を裏切ってまで、カービィ達を最後まで味方した。
 グーイは、ダークマターだ。
 何度も何度も頭の中で繰り返す、言葉、言葉、言葉。
 そう、「ダークマター」という事実も、正当なる真実に他ならない。
 真実には、嘘が通じないのだ。
 真実は、真実でしかないのだから。
 グーイは疲れ果てた声を駆使し、カービィを(たとえ一時的だろうとしても、)救った。ぼろぼろの身形は、見ている方が哀れに思えてくる。
「ルビィさん、貴方は……
なんて事をしようとしているのです…。仮にも自分の弟に対して……。」
 途切れ途切れの声は、カービィを悲しくさせた。
「…例え真実がそうだとしても、私はこの者を倒す。
倒すという宿命も、私たちが背負った真実に他ならないからだ。」
「…………ルビィさん……。」
「……宿命が戦慄の中に有るのなら、私はその道を歩む!!」
 剱が銀の輝きを放ち、一気に振り落とされた。
「ルビィさん!!」
 瞬間、グーイが星をルビィの手元にぶつける。カービィには、その瞬間が永く永く感じられた。
「…っ!!!」
 ルビィの手元から剣が滑り落ちた。
 カービィは一瞬の隙を見つけた。スターロッドを強く握りしめる。
 カービィが高く跳び上がった。太陽がまるで後光の様に輝き、カービィの輪郭がくっきりとみえた。
 スターロッドを大きく振る。
「やあぁぁぁ!!!!」
 金色の星はまるでスローモーションのように、ゆっくりと、それでいて美しく突き進んだ。
 アドのベレー帽のような赤い閃光が星の先端に現れては消え、デデデの青い毛のような薄い光が光球を包み、マルクの瞳に似た紫の淡い輝きがぽつぽつとネオンのように浮かび、リボンの髪のようなイチゴミルク色が光の帯となって余韻に残った。
 黄金の輪の中で、虹の輝きにも似た星はルビィへと真っ直ぐ進んだ。
 ルビィはとっさに右手で構えたが、無駄だった。
 足のブレーキがきかず、身体が軽い彼はいとも簡単に空に投げ出された。
 空はカービィの綺麗な蒼い眼の色をしていた。この空の先には、グーイの深い群青色の宇宙がある。
 ルビィは下を見た。下は、そう遠くはなかった。
 ただ、着地すべき場所はなく、大きな口を開けて獲物を待ちかまえる獣のような邪気を漂わせる、生きた鼓動を発した、ルビィの眼と同じ紅のマグマが敷き詰められていたが。
「……!!!!」
 カービィもこのことは予想していなかった。急いで走り寄ったが、遠すぎる。
 とたん、グーイがすごいスピードでカービィの前を通った。あれほど忌み嫌っていた、ダークマターの姿をして。
 オレンジの衣がきらきらとした余韻を残し、その余韻はルビィの方へと向かっていた。
 カービィの頭に、一閃の直感が駆け巡る。
 まさか、と、声を出すまもなく、グーイはその優しいほほえみをカービィに送って、マグマの中に飛び込んでいった。



 もしあなた様が滅びられるのなら、一人では行かせません。
 僕も闇の存在ですから。
 一緒に、お供します。

 ……ああ、そうだな…共に、滅びよう………………………。
 灼熱の中で熔けてゆくふたりの身体は、コーヒーに落としたミルクのようならせんになり、重なり合った。

 …………私は、今……幸せだ………………



 カービィは、余りに展開が早いことに、ついていけなかった。
 グーイは、グーイは、グーイは。
 裏切ったの?
 即座に否定。違う。
 両方を裏切れなかったんだ。
 グーイ、グーイ、グーイ。優しい、グーイ。
 ルビィのことも裏切りきれなくて、ぼくのことも最後まで守ってくれた、グーイ。
 ああ。

 カービィは、泣くことも叫ぶこともなく、ただその場に座り込んだ。

 しばらく呆然とした後、カービィは理性を取り戻した。

 ルビィ……お兄ちゃんは、「戦い」という、宿命を見いだした。
 もし、それが本当に、お兄ちゃんの宿命だったとする。
 なら、ぼくは?
 ぼくの、宿命は?

 ぶつかっては消える疑問が、幾つも幾つも湧き起こる。

 お兄ちゃんは、光と闇は「りょうきょく」だって言っていた。
 もし、光と闇が一緒になったら?
 何が?
 何が生まれるの?

 カービィはこのとき、まだ気づいていなかった。
 火口に落ちた、ルビィとグーイ。
 彼らは、闇と闇ではない。
 グーイは確かに闇の存在だ。
 しかし、ルビィは、心は闇そのものかも知れないが、光として生まれてきた。
 ふたりは対極。
 対極のふたりが、同じ「死」に溶け込む。
 それが意味するものは。
 それが示すことは。
 ……誕生するものは。

 大地が急に震えだした。
 カービィは立ち上がり、辺りを見渡す。
 何かが唐突に変化した気配があった。

 ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 地響きが大きくなる。カービィは思わず身体を伏せた。
 火口に大きな輪が見える。巨大なそれは、だんだんその形を露わにしていた。
 何故か、カービィは見覚えがあるような錯覚を覚えた。
 白い球体に、朱と白の羽根が生えている。まるで、虚無の象徴。
 ……虚無。
 なぜかこの「セイブツ」には、無という言葉が似合っていた。

《……我が名は02(ゼロツー)。
この世界と全ての記憶を無に帰し、そして我自身も消えよう。》

 響くような声(どちらかというと、音に近い。)は、有無を言わせぬ何かがあった。
 そのまま翼は空を包む。
 空が消え、大地が消え、カービィの瞳に宇宙が映し出された。

 ……そうか。
 カービィの脳裏に、電撃が走ったかのような衝撃が駆け巡る。

 光と闇という両極は、反発しあう。
 それが、戦慄。
 お兄ちゃんの、宿命。
 でも、反発しあうはずのふたつがひとつになる時、それは……

 カービィは、宇宙に羽を伸ばす白い「虚無」に眼をやった。

 「有」と「無」になる。

 そう。有と無。
 有ることと、無いこと。
 こんなに違う。
 有ることと、無いこと。
 カービィは繰り返した。

 そして、ぼくの役目。
 ――宿命。



【最後の決断】



「ノヴァ!!」
 カービィは、迷うことなくその名を呼んだ。有の象徴、ノヴァ。
 どうん、と、鈍く輝く金の塊が目の前に現れる。
《‥‥また、会う時が来ると思ってましたよ‥‥》
 どこか、生き物とは違う声の響きに、カービィは口元を緩ませた。
「ノヴァ、最後でいい。ぼくの願いを叶えて。」
《‥いいですが、星のエネルギーがないと……‥》
「ぼくを使って。」
 ノヴァが答え終わるより先に、カービィが口を開いた。
《‥………今、なんと?‥》
「だから、ぼくを使って。
ぼくは星の戦士だよ?ぼくを身体を、星のエネルギーに変えて。」
《‥ですが、そんなことをすると、あなたの存在は永遠に葬られる。
あなたの存在は、永遠に消えるのですよ?‥》
 カービィは、目を瞑って頷いた。
「……それでもいい。」
《‥……分かりました。あなたの決意、受け取りましょう。‥》
 カービィは、翼が此処を呑み込もうとしていることを悟った。
「さ、早く。」
《‥では、あなたの願いを、ひとつだけ叶えて差し上げます――‥》

 ノヴァは、分かっていた。カービィが何を願うかを。
 手の内で溶けてゆく雪のように切なくて、身体を包む春の日だまりのように優しい願い事。



 カービィは、だんだん遠のいてゆく意識の中で、空を見上げた。
 狭い空に、金色の流星群が見える。