夢幻桜T ―幻影―



 深い暗黒。
 血の色を思わせる眼をした「モノ」が、其処にいた。
 闇を切り裂く、虹色に煌々と輝く剱。
 一人の青年。紅と碧の、オッドアイの瞳。
 星騎士、カストロ。
「……お前がダークマターの首領、【ゼロ】か……。」

 製造番号―【B-139987】 コードネーム―【ゼロ】
 別名……血(あか)き瞳の虚無。

 生まれながらにして、「厄災」。
 宇宙の闇、ダークマター。
 心と理性を持ち、宇宙に「破壊」と「闇」をもたらすために、生まれ、生きている。
 ……宇宙の闇。
 そして、その「闇」を打ち消し、ダークマターを排除し、平和をもたらす、「星の戦士」。
 いわば、宇宙の光だ。
 宇宙創造の時、「光」と「闇」は同時に生まれた。
 そこから「生」が生まれ、「心」が創られ、「世界」になった。
 光(星の戦士)と闇(ダークマター)は、互いに両極性。
 天と冥。陰と陽。平和と不和。
 互いに排除しあい、互いに潰し合う。
 その後に残るのは……。
 血の匂いと殺戮。
 それが、「宇宙」が存在する限り、永遠に続くのだ。

 だが、「永遠」にも「おしまい」が来る。
 戦いは、「勝利」と「破滅」を残すのみとなった。
 戦いが、終わろうとしていたのだ。

 最後の敵が、目の前にいる。
「後はお前だけだ、ゼロ」
 刃先をゼロに向け、言い放つ。
「……クク…今のお前に俺が倒せるかな?」
 ゼロが言うとおり、カストロは深手を負っていた。
 しかし、ゼロも長い戦いによりだいぶ弱っていて、しかもダークマター軍最後の一体だった。
 ゼロも、カストロも、これが最後の賭であり、最後の戦いだった。

 カストロは、虹の剣を強く握った。
 ゼロも、神経を集中させ、過ぎていく一瞬に、細心の注意を払った。

 虹の剣が煌めいた。
 カストロは、ゼロの一瞬のスキを狙ったのだ。
 ゼロの身体から黒い霧が吹き出す。
 血色の眼は一瞬空を泳いだ。
 しかし、ゼロが瞬時に体制を立て直し、黒い弾を凄まじい速さで放った。
 虹の剣が宙を舞った。暗黒の弾が打ち落とされていく。
 が、一つの弾が剣をかすれ、カストロの胸に飛び込んだ。
「ぐっ…!!」
 吹き飛ばされたカストロの口から、血が一筋流れた。
「…がはっ……!」
 ゼーゼーと、荒い息を吐く。血の味が口の中に広がっていた。さっきの攻撃が、思った以上に大きかったのだ。
 ゼロは容赦しなかった。血色の眼が、黒く染まっている。

 ………ビームが、来る。

 カストロは思った。しかし、身体が思うように動かない。
 ゼロの眼が漆黒を放つ。光線は、真っ直ぐカストロに進んでいく。

 光線が当たった手応えが、ゼロに届く。

 終わったな……星の戦士よ。

 ゼロは心の中で微笑した。
 あの技を喰らって、生きているはずがないと、ゼロは確信していたからだ。
 漆黒は熱を帯び、青白く輝いていた。
 皮肉にも、その熱は美しく、可憐に闇を照らしていた。
 青白い光の中に、揺らめく影があった。

「あああああああああっっ!!!!」

 カストロは、金色に燃える翼をはためかせていた。
 ゼロの眼に、金色の勇士が映る。

 ――星の翼――

 ゼロの心の中に、ふとこんな言葉が蘇った。

 そう、星の翼。
 星の戦士が、自らの魂を燃やし尽くし、「チカラ」に変える、自滅の技(ぎ)――。

 なるほど、そういうことか。
 ゼロは思う。
 そういうことだったのか。

 ゼロの眼に、虹色に輝く剱が深々と突き刺さる。

 カストロの身体は次第に霞んで往き、ゼロの身体は崩れかけていた。

 パキ、パキ、パリ……
 二人の身体から光が漏れる。
 光は暗黒を引き裂き、星を包んだ。
 爆発したように、光は宇宙を突き進み、ついには宇宙をすっぽり包んでいた。

 ゼロが思ったこととは、これだったのだ。
 「おしまい」が訪れた時、「はじまり」がやってくる。
 「はじまり」から生まれ、「おしまい」を突き通す。
 そして、「有」と「無」が生まれる。
 それを、繰り返す…………。
 それが宇宙であり、それが答えなのだ。
 だから……………………

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 光は衰え、やがて消えた。
 星には、黒い月と、花畑が残った。
 月は天高くへと上って往き、煌めく星々の一つとなった。
 花畑には、星空の色の花が、幾つも咲き誇っていた。

 月に、紅の光が浮かび上がる。

 …私は……何時から此処にいた?

 紅い眼をした彼は、人知れず呟いた。
 ふと、下に眼をやる。
 紅い光がちらちらとしていた。不思議と、邪悪な雰囲気や恐怖は感じなかった。

 ……ダークマター……

 彼は漠然と思った。
 その中に、群青色をした、ふたつの眼があるダークマターを見つけた。
 後に、グーイという名が付けられる。



 花畑に、空色のカケラが現れる。
 瞳がパチクリと瞬きをし、大きく背伸びする。
 そして、空を仰いだ。

 「ルビィ」と「カービィ」。


 …………ああ
 らせん。
 らせん。

 記憶の輪廻。

 虚無の幻影。
 ―――――――――幻影。