夢幻桜V ―面影―



 ……何時の間にか、君が此処からいなくなってしまった。
 君が消えてしまった。

 今日も桜が綺麗だよ。
 ねぇ
 この声は、君に届いている?
 ねぇ―――

 君は、また帰ってくるでしょう?
 悪い冗談だとか、またちょっと用事があったから何て言って。
 帰ってくるんでしょう?
 また、此処に。

 ……あれ?
 君?
 ……誰?
 ダレノコト?

 きっと大切なヒトだった。
 何よりも大切なヒトだった。
 でも、君は僕の、記憶の片隅にはいてくれないんだね?
 君は、此処にいてくれないんだね?

 ―ねぇ―――――




 空は、蒼く深く、澄み切っていた。
 まるで、この世界に淀み汚れたモノが存在しないかのように。
 しかし、なによりも美しいモノでさえ、この世界から締め出されることがある。

 桜は、希望の象徴でもあるかのように、美しく、可憐に、「彼」の面影を、空という脆い鏡に写し取っていた。
「みんな、場所はここでいい?」
「うん。いいと思います。ちょうど桜がきれいに見えますし……。」
「そうと決まれば、早速メシの用意だな!!」
「私もお手伝いします。」
「………………。」
 アドがバスケットから弁当をより分け、グーイがそれを手伝う。
 デデデはリボンと共に、レジャーシートを大地に敷いた。
 マルクは、聳(そび)える大きな桜の峰に抱かれながら、本を読んでいた。
 その隣で目を瞑りながら、心地よい音楽を奏でる若葉の音色を聴く、ルビィの姿があった。
「マルクー!!ルビィー!!お前らも少しは手伝えよー!!」
 デデデが大きな声を出して、マルクとルビィを呼ぶ。それに答えるかのように、マルクの本の間にしおりが挟まれ、ルビィが(多少不機嫌そうに、)目を開けた。
「……あれ?」
 マルクがすっとんきょうな声を出す。目線は、向かいの桜。
「どうしたんだ?」
「いや…あの桜の枝に、誰か、見覚えがあるような人影が……?」
 え?
 眼を、マルクの目線にある桜に移す。
 少しずつ視線を上に上げていき、あっ、と、声を上げた。

 あの、ピンク色の、丸い―――

 彼らの脳裏に、遠くに映える「彼」の面影が駆け巡るより先に、その姿は消えた。
 ――“消えた”。
 そして、全ての余韻を掻き消すかのように、強く春風が吹いた。
 桜吹雪が舞う。



 この世界には君の居場所など無いんだね?
 だから、君は去ってしまったの?
 もう………二度と会えないの?

 君が僕たちから走り去ってしまうのなら、永遠という時の中でも、君を追いかけるよ。
 僕たちが君から離れているのなら、僕一人だけでもここで立ち止まるよ。

 ――君に会いに行くよ。

 君の面影が遠のいていく。
 もうすぐ、君の全てが、この世界から締め出されてしまう。

 だから、最後にもう一度だけ。
 君の名前を呼ばせて。
 僕たちの前からいなくなってしまう前に、もう一度。




“カービィ”