第5話 闇に閉ざされし過去・前編



「……このやろぉ!!しらばっくれやがって!!」
「ち、ちがうよ……ボクじゃないよ……」
「うるせぇ!!!」
 1人の少年が、ガラの悪そうなチリー、ブロントバート、クールスクープに囲まれていました。その少年こそ3年前のマルク、6歳の頃のマルクです。
「うわぁ!!」
 マルクはブロントバートに頭突きをくらい、吹き飛ばされてしまいました。
「けっ、弱っちいなぁ。なんでてめーなんかがこの超名門校ポップスター学園にいるんだよ。」
「ちょっとばかり頭良いからって威張んなよ。ばーか。」
「生意気な奴め、二度と顔見せんな。」
 いい加減飽きたのか、3人は帰っていきました。
「………………」
 マルクは静かに立ち上がりました。
「……また散らかしちゃった……掃除しなくちゃ………」
 掃除用具入れが勝手に開きます。中からハタキと箒と塵取りが出てきました。
 道具は勝手に動き、周りを掃除していきます。マルクはそれを見つめているだけです。
 これがマルクの生まれ持った才能、「超能力(エスパー)」でした。
 ……まあ、これが原因でいじめられることがほとんどでしたが…………さっきのもこれが原因でした。
 マルクは学園一の秀才で、学園一のいじめられっ子でもありました。

 ポップスター学園。それはこの星ただ一つの高等学校。だから、『ポップスター』学園。

 この星の人々のほとんどは、あまり勉強好きではありません。
 しかし、まれに「もっと勉強したい。もっといろいろなことを学びたい。」と強く願う人がいます。そんな人々のために用意しあるのが、「ポップスター学園」です。
「1人3年。5歳から12歳までに。」それがこの星の義務教育です。つまり、誰もが5歳から12歳までの間に3年間学校に通わなければいけません。ポップスター学園はそんな学校の中では一番レベルの高い学校です。(ちなみにデデデ大王は普通学校卒です。)
しかし、ほとんどルールのないポップスターでも、1つだけ大きな厳しい決まりがあります。それは、『一度退校処分になったら二度とどの学校にも入学してはいけない。』というルールです。
(ちなみに、ポップスター学園では1年間で普通学校3年間以上のことを学べます。)
                        ★ポップスターガイドP67より★


 マルクは顔をうずめました。
 とたんに、掃除用具達も掃除用具入れに戻りました。
「……みじめだなぁ…………」
 顔が少し、涙で濡れました。
「…………………力が欲しい…………………」
 かすかに口が動きました。
「アイツらを見返せるくらいの………力が…………」
 空を見上げます。涙は絶え間なく流れているようでした。
「………………母さん……」

 翌日。
(今日は全天星図の提出日か……)
 マルクはすでに席についていました。まわりは朝特有のおしゃべりが聞こえます。……もっとも、そのおしゃべりにマルクが入り込む余裕はないのですが……
 全天星図とは、ポップスターから見える星図を図にまとめた物です。
(でも、今回の作品は自信があるぞ。がんばって作ったんだもん。)
 机のはじから丸まった1枚の紙が出てきました。サイズは大きく、新聞紙くらいあります。机の上に広がったその紙の上には、群青の上にきらきらと光る星が輝いていました。
 技術的にも、理科的にも、最高の出来映えでした。
(……今回は、母さんにも手伝ってもらってしね。……母さん、レポート作りで忙しいのに……)
 マルクは自信ありげにほほえみました。虚空に向かって。
(頑張らなくっちゃ。絶対。)

「よぉ。マルク。」
 ビク!!
 マルクの意思より先に体が反応します。あの3人組です。
「あ……!!」
 言葉がなかなか出ません。今日は頑張ろうと決めたのに。
「なんだよおめぇ、あいさつもできないのか?」
「そ、そんなわけじゃないもの!!」
 カッとなり、声を張り上げました。
「お、それお前の全天星図か?」
 昨日マルクを吹き飛ばしたブロントバートがいいます。
「ほお〜、結構良くできてるじゃねえか。」
「え…?そう?」
 マルクは赤くなってしまいました。そんなこと言われたのは初めてだったからです。
「チリーも見てみろよ。」
 ブロントバートがチリーに渡します。
「ほ〜〜……」
 チリーが感心するように見つめています。
 マルクはすっかり嬉しくなっていました。

              しかし、それまででした。

 バリ!!!!!

 耳障りな音が教室中に響きました。
「…………え……?」
 マルクの瞳には、真ん中から乱暴に分けられた、2枚の紙を持つチリーがいました。
 チリーの口元がかすかに笑っていました。他の2人も影で笑っています。
「生意気なんだよ。てめぇは。」

 騙した。

 頭の中を3文字の言葉が無情に通り過ぎます。
 まだ何が起こったか、頭の中で整理できません。

 大声で泣けたら、どんなに楽でしょう。
 しかし不安定な少年の心の中では、それすらままならず、ただ……
 赤く染まったほっぺたを、一筋の熱い涙で飾ることしかできませんでした。

 数人の笑い声が遠く聞こえます。
 暗い、寂しい、1人の世界でした。

 力が欲しい。


 この思いを報復できるくらいの、力が……

 だめだっ!!

 現代のマルクが強く訴えます。

 いけない!!

 そんなことをしても、ボクは救われない!!


 しかしこれは過去の出来事。運命は変わりませんでした。

 力が……

 やめろっやめてくれ!!


 現代のマルクも泣いています。遠い思い出の、自分の意思に反した記憶を見ているのですから。

 力が!!!!

 マルクがゆっくりとうつむきます。
「どうした?気分でも悪くなったか?」
 クールスクープがにやけ顔で聞きます。
「……………フフッ」
 マルクの口元から、かすかに笑いがこぼれます。
「あはははは!!」
 大声で笑いました。外野が白い目で見つめています。
「どうした?気でも狂ったか?」
「…………死ね。」
 マルクを中心に強風が吹き始めました。
 身体が金色の光に包まれていきます。

 記憶をたどっていた現代のマルクは、それから逃れようとしました。
 知らないはずの記憶。知らないはずの数分間。
 それがどんどん流れ込んでくるのです。

 あの時犯した罪。

 それを見せつけられました。

「あーっはっはっはっはぁ!!」
 マルクの高笑いが響きます。
 光の中から現れたのは、毒々しい黄色の翼、鮮やかなプリズムのように煌めく可憐で不気味な羽と、白い大きな牙、青白い顔……そして……血色の瞳を持った、死神でした。
 翼から緑色のカッターが乱射されます。
 たくさんの刃が子供達の肌を傷つけていきます。
 生々しい鮮血は、床に飛び散っていきました。
「キャァァァァーー!!」
「ぐあぁ!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
 いろいろな叫び声がこだましました。今のマルク、いえ、死神には、こんな声も壮大な音楽に聞こえているのです。
 人々の様子は、教室から逃げようとする人、他のクラスから様子を見に来た人、ケガをして動けない人、様々でした。
「…………お次はぁ……♪」
 羽が茶色に光ったかと思うと、羽はまるで時空を歪ませたように形を変えました。
 弓矢です。

 ギュン!!!

 羽の数だけ生まれた弓矢はいっせいに子供達の元に飛び込んでいきます。
 再び、苦痛と恐怖のオーケストラが始まりました。
 マルクはもの凄く満足そうな笑みを浮かべてました。
「………待てよ……♪」
 超能力は逃げようとしていた3人の人物をとらえました。
 チリーとブロントバートとクールスクープです。
「君たちは逃がさないよ……♪
仕返ししたいことがたくさんあるんだ…………♪」
 死神の声は虚ろに響きました。
「ヒッ……!!」

 キン!!

 マルクの身体は金属のような音を立てて半分に砕け、その中の虚空の世界を露わにしました。……その半身ずつの様は……あの破られた全天星図に似た虚しさがありました。

 グオオオオオ!!

 3人は轟音と共に虚空の世界に吸い込まれていきました。

 その中には、闇と……流星。

 ガッ!!ドガッ!!ドガッ!!ガッ!!ガッ!!ドガッ!!

 3人の体に容赦なく激痛が襲います。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」
「……思い知った?ボクの痛みを……」

 元の教室に戻りました。しかし、もうそこに「教室」としての原型はありません。
 壁や床に刺さった刃。弓矢。散乱した机、椅子、本。周りを見れば、血、血、血。そして、子供達のうめき声。

 どさっ!

 虚空の世界にいた3人が床に落ちます。3人とも血まみれで、かすかに息をしている以外全く動きません。

「な、なんだなんだ!!」
 一足遅く、ガルボの先生がやって来ました。
 その目には地獄のような教室と、返り血を浴びた……と思われる、すっかり変貌したマルクが映っています。
「マ……マルク君………君がやったのか……?」
 声が震え上がっています。多分怒りからではなく、驚きとかすかな恐怖心からだと思われます。
「……………………」
 マルクは何も言わず、目を閉じました。すると不気味な翼も消え、元の姿に戻りました。
「…………………………………」
 マルクはかすかに目を開けました。すると目には、とんでもない光景が映りました。
 倒れているクラスメイト。動揺する先生。そして、血。その紅い血はよく見ると、自分の身体中にもべったり付いているではありませんか。
「あ…れ……?ボクは……?」
 マルクは動揺しました。そして、深く絶望しました。
「え……?なにこれ…?ボクが……やったの………?」
 足下がふらついてきます。目の焦点も合わなくなって来ました。
「ボ…ク…………が…………?」
 そのまま横に倒れました。
「マ、マルク君!!」
 ガルボ先生はマルクの元へ急ぎました。
 ちょうどその頃、他の先生達も集まってきていました。
「な、なにこれ!?」
「うわっひっでーー!!」
 反応はそれぞれでしたが、誰もがこの事態に驚き、嘆きました。
「………すごい熱だ……!!おおいっ!!誰か救急車を!!早く!!!」
 炎タイプのガルボ先生すらびっくりするような熱がマルクの額に宿っていました。
「わ、分かりました!!」

 窓の外では破かれたあの全天星図が、からからと風に弄ばれ、遠くに飛んでいきました。

 マルクの退学処分が正式に決まったのは、マルクの目が覚める9日前のことでした。