5.ウィズ、再起動 「にゃーるほど、おどれ、記憶はハッキリしてるのな……。 名はシミラ、と……もったいないのぉ、ワシのネーミングセンスでええ名前やろうと思っとったんに。 おどれじゃったら……そーじゃなぁ、ブラックライジングとか……ん?嫌じゃと?生意気な奴じゃ。 ……じゃが、ちぃと危険な記憶があってな……それは消させて貰った。 ……余計なことするな、と? ……復讐の邪魔になるから、と? ……ワシゃあのぉ、生き方そのものは個人と勝手じゃと思うとる。じゃが、おどれはワシの部下なんじゃ。それをまず第一に考えてもらわにゃ。当然ワシや、ワシ等のリーダーであるゼロア様の命令には絶対忠実でなきゃいかん。 それに、ワシはこう見えて、身内同士の喧嘩は好かんのでの。 面倒は起こしたくないんじゃ。 ……こんな…な。狂気の種になるような痛みの記憶だけは……消させて貰った。」 シミラは眉間にシワを寄せ、唸るような声で言った。 「……私は、ナイトメアから与えられた痛みと憎しみだけで、ここに生きているんだ。 復讐以外、私にどう生きろと?」 まるで刺すようなシミラの眼に、ミラクルマターはふーっとため息を吐き、そして、シミラを睨んだ。 「……痛みを大切にするな。 本音言うと、おどれは復讐なんぞに生きるにゃ勿体ない人材じゃ。おどれの魔力でワシもおどれを見つけられた程はある。 ……じゃが、しゃあないんかもな……ヒトの生き方に水を差すのはワシのエゴに過ぎん。」 「…………。」 シミラは、何故か居心地の悪さを覚えた。まるで、申し訳ないことを言ってしまったような気がする。 半死半生……いや、もう、憎しみだけで肉体にしがみついていたシミラの魂、それを救ったのが、目の前の男、ミラクルマターだ。 彼は、殆どまともな修復の追いつかないくらい破損したシミラの肉体を、少量のダークマター物質と融合させ、そして蘇らせた。 魔獣の肉体を、ダークマターの骨で繋げたという感じか。 肉体のそのものは変化させず、ダークマターの再生能力と、いくつかの特徴を引き継いだだけで、眼も紅くなっていないし、肌も褐色ではない。耳だけが、ピンととがっている。 なるべく、本人の希望に添わせた結果だった。 本当は肉体の殆どをダークマター物質で覆ってしまえば、ダークマターのほぼ不死の能力を受け継ぎ、ずっと部下として置いていられる。ミラクルマターもその上司のゼロアも、同僚であるアクエリアスとバーストフレアも、ダークマターの特徴を色濃く引き継いでいるため、殆ど不死身だ。シミラのみ、寿命がくれば死ぬ身体をしている。 しかし、シミラは肉体の変換を固く拒んだ。シミラがナイトメアや魔獣に何を復讐しようとしているのか知れないが、これだけは頑なに拒んだ。 ……シミラは、復讐対象を悪夢軍……ナイトメア、そして魔獣にした。 自身の心身を支配し、自ら多くの生物を魔獣化させてしまった、悪夢軍の記憶。 息が切れるほどの痛みと憎しみに世界を呪い、そして生き延びてしまったシミラ。 煮えたぎる程の感情を、それらにぶつける決意。 ミラクルマターは、それらを罵倒もしなければ、肯定もしなかった。 「決意っちゅうもんはな、曲げよったって曲がるもんじゃあねぇ。 曲げようとして曲がる決意なんてぇのは、ただの願望じゃ。 しゃあない。やり遂げたかったらやらぁいい。逃げたかったら逃げてこい。ワシゃあここにおるけぇ。」 ミラクルマターの眼は、真摯だった。 シミラは圧倒されそうになった。 「……そろそろ飯の準備せんとな。食堂はその辺のエヌゼットにでも場所聞け。 嫌じゃったら、無理に来んでもええ。エヌゼットに飯持たせる。部屋もやる。好きに機材置いていい。場所はわすれた。適当にやってくれ。」 ……場所わすれたんじゃ、全然駄目なんじゃ……。 そう言おうとしたとき、ミラクルマターが振り返った。 「冗談じゃ。場所はアクエリアスの部屋を右に曲がって7階下の階段の14段目が夜中の零時に現れるという怪談があるんじゃがそれはどうでもええんじゃがとりあえず北に4歩南に121歩さーんぽすーすんーでにーほさーがるっちゅう歌もあったなぁそりゃどうでもええかまぁとりあえずその辺のエヌゼットにでも場所聞いちょくれや。」 「…………。」 「ああ、あともうひとつ。 絶対死ぬようなことはすんな。 生きれや。簡単なこっちゃ。」 ミラクルマターは、何を言うときも真摯だった。 「……命令じゃ。忘れんなよ。」 ミラクルマターは、その会議室のような部屋から立ち去った。廊下から、「今日の飯ぁー麻婆豆腐じゃー」という声が聞こえる。 「…………。」 シミラは黙っていた。 そして、ふっと笑みを漏らし、 「……麻婆豆腐は……あまり好みじゃないな。」 と呟いた。 シミラに与えられた部屋は、元はなかなかの広さがあったが、持ち込まれた機械や薬瓶やその他激しく怪しい趣の物達に埋め尽くされ、あまり他人に歓迎されない部屋になっている。 その部屋で、シミラは黙々とパソコンを叩いていた。 それはナイトメアや魔獣に関するデータだった。ミラクルマターも知り得ないような情報が編集してある。シミラはひとり、ほくそ笑んだ。 その時、物凄い音量で放送が流れた。アクエリアスだ。 『みーなさーんだいちゅーもーく! どーせヒマでしょ?みんなでトランプやろーよー♪ ゲームはね、王様ゲームやろうと思うんだー♪ ねーねーシミラ様ぁ、シミラ様も参加してよー、だめぇ? フぅちゃんとミラ様はもう集まってるよー♪しかもねー、なーんとゼロア様も特別参加! 絶対来てねー♪』 ブツッ。 「…………。」 相変わらず、アクエリアスは元気がいいと思った。元気が良すぎて、とてもそのテンションに追いつけない。 フぅちゃん、というのは無口で何を考えているのかわからないバーストフレアのことだろう。ミラ様というのは言うまでもなくミラクルマターだ。バーストフレアはアクエリアスの言うことに大体逆らわないし、ミラクルマターは祭好きだ。 ゼロア様……彼は子供の姿をしていて、滅多に自分の“空間”から出たがらない。彼の生み出した“白い空間”を行き来できるのは、彼の血を受け継いで創られたミラクルマターだけで、何の気まぐれか、今日は「みんなでゲーム」を興じようというらしい。 ……本当を言うと、彼等の熱意……あたたかさ、ともとれるのかもしれないが、それはとてもウザったいものであった。……そうであった、ハズだ。 しかし、今は……そんなに嫌でもない。 どうしてだか……その時、ウィズが声をかけた。 「シミラ様、行ってらして下さい。仕事の続きは僕が致しますから。」 シミラは、一瞬考えた。 ……ウィズは、機械人形と錬金術を合成させて再起動した。 ガラスの眼や柔らかいだけのボディではない。限りなく、生きている感覚に近い。肌の下は機体だが、人工筋肉、流れる血潮、感情も心も、完璧なアンドロイド。 彼は微笑む。シミラの、復讐の手伝いをしながら。 「……そうだな。悪くは、ないかもしれないな……。 ウィズ、お前は休んでいていい。それと、敬語は使わなくていいといつも言っているだろう?」 しかしウィズは微笑んだ。昔の通り。変わらずに。 「いえ。あなたが僕を創ってくれましたから。」 シミラは少々気恥ずかしくなった。だめだな、ここにいると、どうも感情のセーブが効かない。もっとクールにはなれないものか。 『シーミーラーさーまーーー? はやく来てよぉ、みんな待ってるよーー?』 またも大音量コール。 「まったく……うるさい仲間だな。」 しかし、そう言ったシミラは、小さく笑っていた。 生きていてよい。 死んではいけない。 そうはじめて言って貰った、この場所で。 ウィズが生きている、この場所で。 神様を忘れた日 終わり 余談 Q:何故シミラはこの当時は普通の口調なのに、本編では語尾に「ラ」をつけるのか? A:「……アクエリアスとの王様ゲームに負けて……罰ゲームでこうなった……のラ」 |