第17話 出発(3 〜雲の上にある国は) グーイ手製のおにぎりとお味噌汁が到着したのは、みんなが会議室に集まって10分ほどしてからでした。 「……早いな。」 「はいっ。ワドルディさん達に手伝って頂きましたから。」 形の整った丸いおにぎりを一つ掴み、ルビィはほんのりと嬉しそうな顔で、グーイに笑いかけます。グーイは、もうほとんどそれだけで、充分幸せな気分になっていました。 ルビィが笑ってくれる。 このことは、この星にやって来てから得られた、最大級の喜びでした。 ……グーイは、この城の台所やその他、図書室や洗濯場を借りることが少なくありません。利用させて貰う、というのもあったのですが、勤勉で勤労な彼は、カービィ達のお世話が一通り済んでしまうとどうにも寂しく、とりあえず城のお手伝いに来る、というパターンがほとんど典型になっていたのです。なので、ここのワドルディ達とはかなり気が合うようになり、ドゥ隊長の仲介無しでも、かなりの意思疎通が可能になっていました。このような大衆料理となると、なおさらです。 「美味しいーっ」 カービィは、すでに4つめのおにぎりです。ルビィは、その隣でもぐもぐと咀嚼をしていました。たまに、お味噌汁を音を立てないで啜ります。 みんなが手を伸ばすので、着実に減っていく山のようだったおにぎり。そして、それを食べて、喜んでくれる人が確かにいること。 闇の世界……ダークマターの世界では、到底感じることの無かった、じぃんと、胸がほんのりと温かくなるようなこの幸せを、グーイは静かに感じていました。 ……それと同時に感じる、体内で暴れるような不穏な痛みに、気づかないふりをしながら。 ワドルディ達にお皿などを片付けさせ、テーブルを拭き、大方一段落ついた所で……大王は口を開きました。 「……まぁ、飯ばっか食ってる訳にもいかねぇわけだが……グーイ、メタナイトからの手紙には目を通したか?」 グーイのみを指定するということは、彼以外は少なくとも全員、その手紙を読んでいるのでしょう。グーイは、こくりと頷きます。 「はい。まず、受け取ったのが僕でしたし……カービィさんとルビィさんを名指されていたので、まずお二人に読んで頂きましたが、その後、一通り読ませて頂きました。短い文面でしたし……。」 大王は頷き返し、彼らの暗黙の了解の後、手紙を一度復唱します。それは、このような内容でした。 『空から、この星に生えない植物の実が落ちてきたというお話を、聞いたことはあるでしょうか。 もしくは、見たこともないような奇形生物の死骸が落ちてきたというお話を。 “鏡の国”には、私の古い同胞が住んでいます。 ……おそらく、あの国に何かしらの異変があったに、違いありません。 私は、“鏡の国”への偵察へ行きます。 この手紙は、私の大切な3人に書きました。そして、なるべくならば届いて欲しくない手紙です。 しかし、もしこの手紙を、その本人達が読まれているのならば……心配はしないで下さい。 私は必ず、帰ります。 ブロントの飛翔が遅れて、次の手紙に代替わりすることを願って…… メタナイト(そして、メアリー)』 ルビィは、しばらく考えながら、そっと口を開きます。彼の紅い眼は、じっとデデデを見据えていました。 「メタナイトとブロントは、どうやって連絡を取り合っているんだ?」 これに答えのたのは、大王ではなく、ドゥです。ドゥは、手を挙げて、発言権を得た後に、答えました。 「お二人は、特製の信号機を持っているとおっしゃっていました。特別な電波の送受信をして、ある程度離れていても、話をすることができるのだそうです。」 「……それは、私が開発した「携帯通信機」という機械でゲス。」 今までずっと聞き手に回ってきたエスは、突然そう言い、ポケットから4つの携帯通信機……ケータイを取り出しました。それらは滑らかな四角いボディに、5つのボタンと液晶画面、そしてアンテナが一本付いているだけの、シンプルで小さい物でした。ルビィが試しに一つ受け取ってみると、手の平サイズで、とても軽いです。持ち運びには最良の機体でした。 「これは、メタナイトとブロント、その他にこの4つ、その計6つだけ作った物でして……元々がメタナイトとブロントの連絡をとるのに、どうにか良いアイディアはないかと持ちかけられて造ったので、材料とシステムの都合からも、今段階はこれ以上造れないでゲス。」 「大王様達のお話聞いとぉと、みんな、メタさん探しに“鏡の国”っちゅう所へ行くつもりなんやろ?」 エスの、ケータイの説明に続いたのは、クラッコです。クラッコは持ち前のマイペースさで、ゆったりと、核心へ進みました。 「ほんなら、みんなでこのケータイ持っていけばええわぁ。 何人かのチームに分かれたりすることがあっても、これがあればいつでも連絡が取れるでぇ。 エスががんばって造ったんやから、性能は心配いらんし。な、エス?」 その当人は、少し気恥ずかしそうに、頭をかき、ちょっと赤くした顔で、弁解しました。 「…………いや、誰かが電波の送受信機の管理をする必要があるし、ポップスター圏内だったら、メタナイトが数カ所に取り付けた小型の電波塔でほぼ星中の通話が可能でゲスが……その、空の上にある国となると……どうかわからんでゲス。」 グーイは口元に手を当てながら、うーんと唸ります。 「問題は……そこです。 メタナイトさんの行方の検討が付いても……その“鏡の国”に到達する方法がわからなければ……。」 「カービィやルビィの、ワープスターではどうだ?」 そのデデデの問いに、ルビィは冷たく目を細めながら答えます。 「……この手紙を読んでみた限り、メタナイトの同胞……もしかしたら、魔獣が関わっているのかも知れない。 奴自身は、自分と魔獣の関係を一切話さなかったが……もし関わっているとしたら、面倒な事になるだろう。それに、ワープスターでの飛行中は、防御や戦闘面で非常に無防備になる。相手がわからない、国への入り方がわからない以上……下手気にワープスターを動かす必要性は無いだろう。」 ……うーん。 みんな、頭を抱えてしまいました。資料もほとんど無い、名前だけの国への行き方を考えているのです。唸るのも当然でしょう。 その中で、エスだけは熱心に手紙の一部を凝視していました。クラッコは興味を惹かれて、彼に尋ねてみます。 「どした、エス? 何か見つかったんか?」 「……いや……大したことでは無いのでゲスが…………どうにも気になって……」 「何にや?」 「……この、「メタナイト」の名前に続く「メアリー」って誰でゲスか? 名前は女性名だと思うんでゲスが…。」 …………。 クラッコは、ちょっと困ったような素振りを見せます。彼らのやりとりを見ていたルビィは、少し離れた席にいるドゥに話しかけました。 「……おいドゥ……エスカルゴンは、メタナイトの正体を知らないのか?」 ドゥもまた、困った顔をしていました。エスはまだ、その手紙の謎について考えています。 「はい……今のところ、城で唯一エスカルゴン殿だけがメタナイト様のご正体を知らずに……このままでは、その内勘づかれるとは思いますが……。」 ルビィは、再びちらりとエスとクラッコに目をやります。「メタナイトの妹でゲスか?」「ちゃうちゃう」、などの会話を繰り返す2人を見ながら、 「いや、あの鈍感だ。しばらくは気づくまい。」 そう、キッパリと言い切りました。 ……デデデ城付近、その近くの丘の上に、2人はいました。木の上に座った少女と、木の陰に立っている男。風が、少女の帽子と、木の葉達を揺らします。少女は、眼下に広がる広く青い草原に向かって、くすくすと笑みをこぼしました。 「全然、変わらない……“鏡の国”を創った、あの日から。 ねぇ、サスケ?」 男は、しかし何も答えません。虚ろな灰色の目は全くの無表情で、少女の声すら聞こえていないようでした。 「……ああ。あんたは知らないんだよね……“鏡の国”の事も……この草原がどんな場所かも。それともあんた……喋れないんだっけ?」 グリルは、ひょいと木から飛び降り、サスケの顔を覗き込みます。そして、サスケの眠ったようにぼんやりとしたその顔に、にっこりと笑いかけました。 「なぁんだ……両方、なんだね。」 ……ザァ。 ザァ、ザァ、ザァ。 風が吹きます。 グリルは、空を見上げました。薄く小さい雲が、素晴らしいスピードで流れてゆきます。青空です。 「……あんたとボクが、せめて逆のカラダを持ってれば良かったのにね……。」 風も、サスケも、何も答えません。ただ、木の葉の影が、彼女にまばらな光を投げつけるだけでした。 2人は、魔獣でした。 サスケのランクは「スペードの3」、グリルは「クラブのクィーン」です。 「言葉も喋れない、感情も持たない、あの人の好みのカラダでも無い、ただの無力な女だったら…… あの人も、さっさと捨ててくれたのかも知れないのに。」 すっ。 グリルは、デデデ城を指さします。そして、感情のこもらない目で、言いました。 「おびき出せ。」 ガシャッ サスケが背中から取り出したのは、中型のミサイルです。 ダウンッ! 轟音と白煙を撒き散らし、それは城に突撃します。サスケは、発射口を捨て、その弾丸を追うように、谷を下って行きました。 グリルは、それだけ確認すると、再び、空を見つめます。そして、彼女が箒にまたがったその時、城の方から爆音が聞こえました。 どぉぉぉぉぉぉんっ…! その爆発は城全体を揺らし、ルビィ以外の全員が椅子から転げ落ちました。ドゥの眼……魔獣の力が宿る片目に、城近辺のワドルディ達の感情と、いくつかの風景が映し出されます。戸惑い、怯え、逃げまどうディ達の感情と、煙を上げ崩れた城門の景色、それは外部者……敵からの攻撃に他なりません。 「陛下ッ! 敵襲です!! 僕はディ達の援護に行きます!!」 叫ぶが早いか、既にドゥは部屋を飛び出していました。クラッコはそーっと窓から外を覗き、黒煙を発見します。 「ホントやわぁ! なんか、外がえっらいことになっとる!」 「い、いきなりこれは無いでゲショーが……陛下、どうするでゲスか!?」 デデデは、打った頭を押さえながら、不安な表情を浮かべるクラッコと、今も続く鈍い揺れにパニックを起こしそうになっているエスカルゴンを確認した後、カービィ達に向き直ります。彼らは、既に強い眼差しで、デデデに許可を訴えていました。それは、外に出て戦う許可です。デデデは彼らに頷きました。 「カービィ、ルビィ! お前達も外に出て、少し暴れてきてくれ!」 2人は同時に、自信を持って答えます。これは彼らの仕事、戦士としての役目です。 「うん!」 「ああ。」 グーイも、彼らに続こうとしました。しかし、それを遮ったのは……他でもない、ルビィです。驚くグーイに、ルビィはそっと言いました。 「お前は、こいつらの補助をしていてくれ……今の姿では戦うことは出来ないだろうし、ダークマターの姿に戻るリスクを考えると、その方が良い。」 ……そう、グーイはどんなに他のみんなに合わせた姿をしていても、本性はダークマターに他なりません。 ダークマターの姿に戻れば、強い彼だからこそ、大きな闇の力を振り蒔いてしまいます。それは、プププランドもためにも、彼自身のためにも、避けるべき事でした。しかし、グーイには……それら以上に、ルビィ達を守りたいという感情が先走っていたのです。 「し……しかし…っ」 「……グーイ。わかるんだ。」 肩に掛かる、ルビィの腕。 グーイはもう、頷くしかありませんでした。 「グーイ……みんなを、お願いね。」 ルビィに手を引かれながらそう言うカービィに、グーイは弱々しく微笑み返します。 今、彼を責めているのは他でもありません。自分自身への、不甲斐なさです。 ……こんな、子供の姿を借りてでしか彼らの傍にいられない、自分の存在の、醜さです。 槍を構えたディ達の間に飛び込んできたのは、一つの黒い球体でした。 刹那、それはチカッと光り、弾けます。 バァンッ!! 赤、オレンジ、白……それは、美しい光でした。光を纏った熱と火、そして熱風と衝撃が、ワドルディ達を襲います。彼らは散り散りになり、その煙の向うから、サスケの方に短剣が伸びます。 ワドルドゥの眼は、怒りに染まっていました。ワドルディ達の痛み、恐怖の感情が、彼の心に流れ込み、それがドゥの怒りを燃えがらさせます。剣はサスケの鼻先を掠め、宙を斬りました。その一瞬、ドゥの目の前に、黒い粒がばらまかれ、それは空気に触れた途端、白く爆発します。 バチバチバチッ! 「ッ!」 閃光で、目の機能が停止します。急いで目を瞑りましたが、視界は真っ白なままです。強力な光が張り付いたまま、離れません。 カシャッ… どこかで、音がしました。ドゥは、もう片方の眼……魔獣の眼に意識を集中させます。途端、視界は黒く変わりました。ドゥの魔獣の眼は……通常の眼と機能が違います。その黒い視界の中で、ドゥを殺そうとする者が構える、ちっぽけな銃口を見ました。 暗い、闇の海のように暗いそこで、サスケは全くの無表情です。 誰かを殺そうとする。その行為の意味も罪悪も、全てを奪われてしまった者の表情。 ドゥは、反射的に伏せます。 ダァンッ! サスケの放った弾は、城の壁を砕けさせました。火薬の匂いが鼻先を掠め、ドゥが立ち上がった瞬間、どこからか、 どっ ……という、鈍い音がしました。 目を開けます。まだ白い光は視界の中でちらついていましたが、ルビィの虹の剣がサスケの胸を貫いていることを確認するには、充分でした。 サスケの手の平から、銃が落ちます。 「……それさえ持っていなければ、もっと手柔らかに事をしたのだがな……。」 剣が引き抜かれ、そこには、一滴の血も付いていませんでした。覚醒した虹の剣は、生物を傷つけません。ただ、鋭い刃に貫かれたのと等しい痛みだけを、確かに与えるのみです。気を失って倒れるサスケを、ドゥは慌てて抱きかかえました。 ルビィは、落ちている銃に、剣を振り下ろします。鈍い音を立てて、それは粉々に砕けました。ルビィがその黒い鉄片に向ける憎しみを、ドゥは感じ取りました。 「……ルビィ殿、この人物は……。」 「ああ……おそらく、魔獣だろう。」 魔獣。 ドゥは、その単語にどきりとします。自分を指す言葉。そして、自分の大切な人を指す言葉であり……魔性の存在。……憎むべき、存在。 「魔獣が、なぜこの城に攻撃を……。」 「さあな…………奴に訊けば、よくわかるだろう。 カービィ!」 「うんっ!」 カービィは草原を走り、髪飾りを引き抜きました。それは赤と白の光を描き、一瞬のフラッシュの後、彼の手の中にあったのは、星の付いた一本の杖……スターロッドです。 空の一辺を強く見つめ、そのロッドを大きく振りかざします。 「やあぁっ!」 ロッドから放たれた光は空を斬り、ある所で砕けました。ガラスが砕けたような音の後、キラキラと、金色の光の粒が降ります。何もない空だった場所にいたのは、魔女のような帽子を被った、一人の少女です。グリルは箒に乗りながら、不機嫌そうに眉を寄せます。 「……あなた達みたいに、察しが良すぎる人って、嫌い。」 そうして、彼女の周りを舞う金色の光を怪訝そうに払いながら、グリルは、ドゥに支えられながら気絶しているサスケを見つめました。 「……役に立たない男だね……サスケ。」 ドゥに、再び怒りが沸き起こります。 「あなたは、一体誰なんですか!? どうしてサスケにそういう事が言えるんです!?」 ドゥは、魔獣の眼でサスケの本当の表情を見ていました。自らが望んだのではない運命に、操られているだけの、悲しい顔。 グリルはにこりと一瞬だけ笑い、口元に指を当てました。 箒のしっぽが、紫色に光ります。 「ボクはね、グリル……君達を“鏡の国”に、案内して上げる。」 「“鏡の国”に…?」 風の匂いが、変わりました。鈍い地響きがそれに続きます。 …ゴ…ンッ… グーイが外に出たとき、濃い紫色の冷たい霧が彼の視界を遮りました。知らない薫りの線香のようなそれを吸い込まないようにしながら、近くにいたデデデに話しかけます。 「デデさん……これは一体!?」 「グーイか!? 城の奴らは…?」 「エスカルゴンさんとクラッコさんに頼んで、ワドルディさん達をみんな城の中に誘導してもらいました……この霧は…!?」 ギュアッ! グーイがそう言いかけた瞬間、彼らの頭上を光が走りました。この霧と同じ、紫色の光です。 グリルの飛んだ円の中に、彼らはいます。彼女は円の中心に戻り、それを確認すると、箒の上に立ち上がりました。そして、両腕を開きます。 「お前は悪夢の王との約束を覚えているか! お前は我等が主との盟約を覚えているか! その忠義が変わらぬものであるならば、今こそその扉を開け! 我が名はグリル=リルゼン! クラブの女王(クィーン)! “鏡の国”よ、姿を現せ!!」 グリルの言葉に反応するかのように、円は煌々と光を増し、その内部を文字で彩ってゆきます。 その文字を読める者は、ここには誰もいません。それは、遙か太古に忘れられた、神の言葉……それを、「鏡に映した」文字でした。 パキィン!! 魔法陣が、割れます。 そこに、青白く輝く空がありました。プププランドの、この世界の空ではありません。 神の国の、空です。 カービィ達の重力が、反転します。 彼らは、空に落下しました。 鏡の国への、扉が開きます。 |