短編 三日月と星の船



 ローアの外から出たがらないマホロアさんを、無理矢理クッキーカントリーの広い丘に連れ出すのは、本当に骨の折れることでした。
「イヤイヤイヤイヤ、ボクが外に出る必要はドコにもないデショ!?
ミンナで勝手に遊んでレバいいデショォ〜、船の修理だってしなくチャならないんだかラァ〜〜!!」
 普段は透明のキーボードを叩いているだけなのに、ここぞとばかりに工具を片手に振り回し、駄々をこねるように首を左右に振るマホロアさん。そんな彼に、
「いやぁ、今日はいい夜だからな! どうだっ、親睦の証しに月見でもしないか!!」
 と、デデデ大王様が。
「そうですよぉマホロアさん! 大王様がこんな風流なことを言うのは、年に一度あるか無いかですよ!?」
 と、僕が。
「うん、夜のお散歩はきっと楽しいよ! 行こうよ、マホロア!」
 と、カービィさんが。
「キミ達、ちょっとおかしいヨォ!? ボクはローアにいたいんダヨォ〜〜〜!!」
 ……ここまで子供のように抵抗されるとは思っていなかったので、ローアの入り口付近でぎゃあぎゃあしてる僕らの姿は、とても滑稽なものだったと思います。
 まぁ、トドメの一撃となったのは、
「……そこまでお前が動きたくないと言うのなら、今まで集めてきたローアのパーツ、もう一度元の場所に戻してやろうか。そうすれば、お前は一生、ここから動けないからな……」
 ――という、背筋も凍るほどに冷たい、メタナイト様の一言でしたけれど。


 というわけで、殆どうなだれた状態で大王様達の後ろを着いて歩くマホロアさんを、僕はちらちらと眺め見ていた訳です。
「どうしてこんなコトに……アア、ボクは少しだって時間をムダにしたくナイのに、ホンット、ムチャクチャなヒト達だヨォ〜」
 浮遊する腕で、器用にお手上げのポーズを取ったり、困ったように腕を組んでいるマホロアさんの姿は、まるでパントマイミストのように見えて、ちょっとだけ可笑しくて。柔らかな草を僕らは踏んで歩いているのに、足を持たない彼は、それらを踏みしだくこともない。
 マホロアさんは、口では文句ばかり言ってるけれど、本当はとても優しい存在なんだなぁって、僕はぼんやり思いました。
「それもコレも、キミ達が早くパーツを集めてくれないカラだヨォ! ダァカラさっさと集めてくれって言ってるのニィ!」
「急いでるだろーが! 三日でオールに右ウィング、二つも集めてやったんだぞ!?」
「ヘンなバランスになったダケじゃないカァ!」
 ……ま、まぁ、きっと、いいひとなんだと思います。
 先を進むカービィさんやメタナイト様は、そんな僕らの方を振り返っては、クスクス笑ったり、静かに目を細めたりしていました。


 小高い丘の上に着いて、僕らはそれぞれぼんやりと、白い星々が煌めく広い夜空を見上げていました。
 カービィさんと大王様は、お城のお茶菓子を取りに出かけていて、今ここにいるのは僕とメタナイト様と、マホロアさんの三人だけです。
 マホロアさんは、ぽっかりと浮かんだ大きな三日月を眺めながら、つまらなそうに首を振っていました。
「ボクはネェ、コウ見えて、飽きるホド宇宙を眺めてきてるカラ。イマサラ、星とか月とか見ても、ゼンッゼンおもしろくナイんだよネェ?」
 今日のマホロアさんは、本当に不機嫌そう。ふて腐れているというか、ある意味、焦っているようにも見えます。
「早く、ボクは、帰りタイ。……故郷に。……ローアに」
 それは、無意識の呟きのようでした。彼は、見飽きたと言っておきながら、黒と群青が折り重なった深い色の夜空を、ただジッと見つめていました。
 僕らは、彼がたまに呟く“故郷”というものが、どこにあるのかを知りません。名前さえ、教えてもらっていません。だけど、彼が見つめる宇宙の先に、その場所は確かに存在しているのでしょう。それが“何か”は、今の僕には分からないままでしたが、きっと彼は郷愁に囚われているのだなと、勝手な憶測をすることにしました。
 ……生まれも育ちもポップスターのプププランドである僕に、故郷を出て長い旅をするという気持ちは、到底分かり得ないものでしたから。
「……マホロア。恋しいか」
 今まで黙っていたメタナイト様が、急にそう、口を開きました。マホロアさんはハッとしたように飛び上がり、すぐに不機嫌も極まるという表情を、彼に向けました。
「子供扱いはヤメテほしいネッ! モウ、用事は済んだデショウ? ボクはローアに帰るカラ!」
「あっ……マホロアさん!」
 背中を向けたマホロアさんは、呼び止める僕の声に振り返ることもなく、ズンズンと丘を降りていってしまいました。まだ、大王様とカービィさんも、戻ってないのに……。
「……月見は、私達だけで再開しようか」
「し、しかし、メタナイト様ぁ……これでは、お月見の意味がありませんよぉ。元々――マホロアさんを、歓迎する会の予定だったのに」
 無理矢理にでもマホロアさんをローアから引きずり出したのは、別に気まぐれでも、嫌がらせのつもりでもありませんでした。
 ただ、僕らはお互いのことを知らな過ぎていると感じていたのです。マホロアさんの、性格も、故郷の名前も、気持ちも、寂しさも。そして僕らが、どうして、マホロアさんに協力しようと思っているのかも。
「カービィさん、言ってたじゃないですか。“ぼくはマホロアが、本当は何者だろうと関係ない。それでも、困ってるから助けたかったんだ”って。……マホロアさんは、僕達が動いているのは単なるお人好しだからだと思っているようですが、本当は……カービィさんの、そういう気持ちがあるからだって、知って欲しくて」
 堪えきれずに、一気に吐き出してしまい、言ってから、遅れた反省がやって来ます。こんなのは独り善がりだ。メタナイト様も、それをとっくに見抜いているようでした。
「……三日は、早すぎたのだろう。我々にとっても、マホロアにとっても」
 メタナイト様はそれだけ言うと、腰に差していた剣を取り出し、どこからか持ち出した皮布で拭き始めました。僕も諦めて、気持ちを整理しようとしたのですが、うまく行きません。
 ローアが墜落したあの日を、もうとても遠くに感じていました。
 壊れた宇宙船を前に、悲しそうな顔をしていたマホロアさんを、心から助けたいと思った僕らの気持ちと、伝えたいというもやもやが、頭の中にありました。
 ……どうやら、焦っていたのは、僕の方だったようです。

 しばらくして、両手に抱えられるだけのお菓子と水筒を持った大王様とカービィさんが、きょとんとした顔で無言の丘に立つことになるのですが、それは少しばかり先のお話です。




 ――そして、クッキーカントリーから離れた、とある広場。
 大きな穴に沈み込みながらも、月明かりに照らされて銀色に輝いている光速宇宙船ローアが、そこにはありました。
「……タダイマ」
 夜風に揺れる草花の間に、どっしりとその身を横たえた船の外壁を、マホロアは静かに撫でます。
 鏡のように滑らかなその表面に、マホロアの表情は確かに映っていましたが、それは言葉にできないような、虚しさをそのまま顔に貼り付けたような、そんな顔でした。
「……早く、帰ろうネ」
 胸いっぱいの恋しさと苦さを込めて、泣き声のような独り言を、ぽつりと呟いて、彼は船の中へと消えてゆきました。