短編 カレイド・スコープの記録 …「闇の眼の話」



 神様の名前を誰も知らない
 神様の名前を誰も言えない
 知ってはいけない、
 知ることは罪








 ―――『ジャコッ』

 ―――……さて、まずは、ダークマター達が生まれたばかりの頃のお話をしましょう。
 ―――そもそも彼らは、生まれる筈ではありませんでした。彼らがいなくても、この世界は至って正常に、粛々と循環していく筈だったのです。
 ―――その法則が変わり、その穴埋めとして“ダークマター”が生まれることになる、そんなきっかけを与えた人物がいました。
 ―――彼は、自らを“ナイトメア”と名乗りました。

 ―――『ジャコッ』

 ―――……ナイトメアが、まずこの世界に対してやったことは、この世界を統べる“女神(ヴィーナス)”を傷つけることでした。
 ―――ヴィーナスの傷からこぼれた2滴の“光”は、それぞれ2人の神となり、後に、金色の髪をしたその内の1人は「アウラ」、銀色の髪をしたもう一人は「エーゲ」と呼ばれるようになります。彼らは「ヴィーナスの遣い」、世界の分身として、世界へ降り注ぐ光として、地上に降りてゆきました。
 ―――ナイトメアは、傷つき倒れかけた彼女に、「カードゲーム」を持ちかけました。
 ―――“世界”を担保にかけた、終わることを知らないゲームです。
 ―――ヴィーナスは、必死でこの世界を守り抜こうとしました。しかし、「ア…  (ヂッ……ヂヂ、ヂー…ッ)  …イ…ト、…メア、の力は尋常ではなく、ヴィーナスの手札はついに裏返されてしまいました。ヴィーナスの手札が裏返しになり、彼女の守る「路」が開かれてしまった時、ナイトメアはその「路」を通じて、世界へと降り立ちました。1人の生命体として降り立ったため、その時の彼に特別な力は特に無かった筈でした。しかし、彼はその世界での時間を数年も過ごさない内に、絶大な魔力をその身に宿していました。その頃から、一部の人々には“魔王ナイトメア”と呼ばれ、畏怖の対象とされていました。
 ―――ナイトメアがその影響力を絶対のものに確立させるまでに、そう時間はかかりませんでした。人々は死に、街は崩れ、国は消え、星は砕け、銀河は滅びました。彼は、“彼の世界”のエネルギーを、この世界にゆっくりと流し込んでゆきました。彼は、彼に絶対忠実で、彼に依存しなければ生きていけない種族も創り出しました。それらは世界中に蔓延し、世界に組み込まれてゆきました。
 ―――ナイトメアは、世界中に「醒めない悪夢」を広げてゆきました。

 ―――『ジャコッ』

 ―――“世界の分身”としてこの世に遣わされたアウラとエーゲは、もちろんそれらを阻止することもできました。しかしそれらを受け入れ、世界が狂ってゆくに任せたのは、他ならぬこの世の住民達が、ナイトメアの操る「悪夢」を受け入れていたからでした。
 ―――悪夢を見ることは、とても辛いことです。辛くて、哀しくて、痛くて苦しくて不条理で、先も何も見えない不安と、いつその夢醒めるのかわからない絶望に、常にさらされてしまいます。しかし、一度夢の中だとわかってしまえば、それ以上に自由なことはありませんでした。何をやってもいい世界。何をやっても傷つかない世界。何をやっても恐くない世界。なんて素晴らしい!
 ―――人々は、ナイトメアから与えられた苦しみから逃れるために、自らの夢の世界へ逃げ込みました。そこで発見したことは、自分が意外なほど強いということ、誰かを傷つけることなど造作もないということ、憎むことは簡単だと云うことでした。
 ―――潜在意識は共通意識となり、いつしかそれらは「当たり前」の事となっていました。逃げるために、邪魔な人を押しのけよう。助かるために、相手を殺してしまおう。何かを手に入れるためならば、どんなものでも踏み台にしよう。なんだ、簡単じゃあないか。ここはなんて気持ちがいいのだろう。何も苦しくない!
 ―――その頃にはもう、世界の秩序はすっかり変わってしまっていて、人々は当たり前のように傷つき、当たり前のように誰かを憎んでいました。誰かを嫉妬し、誰かを嘲りました。戦いは絶えず、ナイトメアは力を増してゆきました。
 ―――世界を見てきた神々の眼は、血の色を映しすぎて、すっかり血赤くなってしまいました。

 ―――『ジャコッ』

 ―――アウラとエーゲは、世界が悪夢を受け入れつつも、それに苦しんでいることに胸を痛めました。
 ―――彼らは云います。
 ―――「世界が闇に狂うのならば、我々は闇の世界を創ろう。」

 ―――『ジャコッ』

 ―――彼らは、「負の感情」より生まれ出た闇に名前を与えました。
 ―――不滅なる哀しき闇の名は、“ダークマター”。
 ―――神々はそれぞれ「金色の王」と「銀色の王」として彼らの王者と君臨し、銀河の果てと果てへとそれぞれ旅立って行きました。
 ―――世界の調和を取り戻すために。
 ―――世界を闇で覆うことで、人々が闇に苦しまなくても済むように……。

 ―――『ジャコッ』

 ―――『ジャコッ』

 ―――『ジャコッ……』











 ―――「Data collation end」
 ―――「My slide ends by this. 」