短編 いたみの風



 ……俺は、姉さんと一緒にその丘に立っていた。
 丘には、二つの墓石が並べられている。一つは数年ほども雨風に曝され、汚れ擦り切れた気配があったが、隣のもう一つは真新しく、ぼんやりと、夕陽の光を反射させていた。
 母と、……父、…………“あの男”の、墓だった。
 母が死んだのは、もうずいぶん昔のことだ……俺がまだ小さいときに、母は死んだ。そしてあの男が死んだのは、つい最近。そう、つい、2日前。
 あの男は死んだ。俺が思っていたよりも、あっさりと死んでくれた。急に動かなくなった。本当に、急に。馬鹿正直に。死んでくれた。
 有り難かった。手こずりたくなかった。その「案」が芽生えたのは、本当に思い出せないくらい昔のことだったが……それを実行に移すまでは、ずいぶんと長いことかかってしまった。幸い、俺には時間はあった。あまり浪費したくはなかったが、まぁ仕方がない。こうして、あの男は死んで、葬式も済ませ……墓の下に、埋ってくれた。
 これで、俺と姉さんを傷つける奴は誰もいない……。夕陽が、血のように真っ赤な光を、俺達へと投げかけてくる。風が、こんなに強い日差しの中だというのに……とても、とても冷たかった。
 ……俺は、父を、……殺した。



 最初に父に違和感を覚えたのは、物心ついて間もなくだった。
 父の、自分に対する言動と、姉や母に対する言動は、どう考えても食い違っていた。
 姉や母に対する態度が、乱暴で、横暴過ぎるように感じた。俺には甘い、媚びとすら取れるような態度を取るくせに、姉や母のことはまるで奴隷のように扱う。不思議だった。何故、父はそんなに、俺と彼女たちとを隔てるのだろう。
 知恵が付いて、すぐにわかった。あの男は、「女」という存在を見下していた。
 あの男に、どういう経路からそのような絶対価値観が生まれたのかは知らない。だがとにかく、あの男は「女」である姉さんと母を忌み嫌い、見下していた。逆に、「男」である俺に、異常なほどの資産を投じた。勉強をさせ、運動をさせ、あらゆる技術を身につけさせた。
「お前は、俺に似て物覚えが良いからな。」
「お前は、俺に似て賢いからな。」
「お前は、俺のような人間になるんだ。な?」
 ……耳にこびり付いた、あの男の…………醜悪な、声……。
 俺は、まるでその声に操られているかのように、父に素直に従った。勉強もした、何でもやった……自分の姿に、何の疑問も抱かなかった。
 姉さんも母も、俺に優しくしてくれた……だけど、あの男はそんな姉さんと母から、俺を引き離したがった。わからなかった。俺の価値観がぐらぐらする。母さん達が正しいのか、父が正しいのか、その頃に俺には、わからなかった。
 母さんは綺麗な人だった。やつれていたし身なりもひどかったが、それはある意味で母さんの美しさを際立たせていた。
 母さんは傷ついていた。俺と姉さんを呼んで、こう、言い聞かせたことがある。
「……いつか、」
 ここで一度言葉を切り、深く呼吸して、俺達二人の目をじっと見つめながら……続きを、言った。
「いつか、私達は決断しなくてはならない時が来る……私達が、これからどうすればいいのか。何をするのか、正しいのか。
……それを決めなければならないとき、それはきっと、誰を真似ても上手くいかない事だと思う……誰の真似もせずに、自分の信じる道を、行くのよ。
それが、もし、大きな過ちであったとしても……母さんは、その過ちを、責めないわ。
決めた道を、力強く進みなさい……そこに何が待っていようとも。その道を選んだことは、過ちでは無いのだから……」
 ……俺には、母さんの言っている言葉の意味が、うまく理解できなかった。あの男に殴られ、腕や足に傷を負った、その弱々しい母さんの身体を通して、俺は……母さんの、底知れぬ意志の強さと、母さんの言葉の裏の、奇妙なほどの正しさを、ただただ、感じていることしか、できなかった。



 そして母さんは、自殺した。
 俺も姉さんも、あの男も家にいなかったその間に、母さんは見事にそれをやり遂げた。蘇生させる余地さえ与えずに、だ。母さんのやり口は完璧だった。
 母さんは、あの言葉の通り……選ばなければならない道が目の前に来たから、その道を堂々と歩いていった結果なのだろうか。俺は悲しかった。だけど、仕方がないのだろうと、そう、思った。
 母さん、貴女は逝ってしまった。誰の手も借りずに。俺達に何も託さず。
 ……母さん、貴女は卑怯な人だ。
 哀しみと諦めだけを、こんなにたくさん……置いていってしまって。



 それから俺は、変わり始めた。父の言うことを聞かなくなり、自分の意志で勉強するようになっていった。
 父も、最初の内はそんな俺に合わせていた。しかし、次第に苛立ちの方が勝るようになってきたのか、俺に対して威圧的になり、暴力的になった。それは大した時間もかけずに、母や姉に向けていたような、身を裂くような暴力に変わった。いや、今まで手塩をかけて育ててやった俺に、こうして「裏切られた」怒りも含まれていた分、俺に対しての虐待は、母さんや姉さんに対してのものより、酷かったかもしれない。単に、男相手に容赦の必要もなかった、というだけかもしれないが。
 暴力が俺に向けられるようになった分、姉さんへの虐めは陰湿になった。父は次第に堕ちてゆき、酒を毎日飲むようになった。短絡的になり、手を挙げることが更に増えたが、獣的になった分、精神的な負担は軽くなった。こんなケダモノのような男に、何を言われようと、何をされようと、大した苦痛にもならないと。相手はただのケダモノだから。動物だから。耐えられる。耐えられる。……耐え、……られ、…。…………あれ? ……姉さん。
 ……姉さん。どうして泣いているの。
 ……姉さん、血が……出てる。
 …………どうして、そんな所から、……血が、出ているの。
 腰が……腫れてる。大丈夫? 姉さん…?
 ……嫌な匂いが、…………姉さ
「……あたしは、大丈夫だよ。」
 ……姉さん?
「エアロは優しいね……。でも、あたしは、大丈夫だから。ね。心配しないで……」
 …………。
 …………。
 …………。
 ……あの男が、……やったん、だね。
「え? ……エアロ、何か言った?」
 ううん、なんでもない。
 それよりも姉さん、待ってて、濡らしたタオル持ってくるからね……
 身体、汚れてるよ……すぐ、綺麗にしてあげるから。すぐ……
「……大丈夫……エアロ……」
 …………何が、……だいじょうぶ、なの。……姉さん。
「…………あたしの身体…………もう、……綺麗に、ならないから。……。…………。」



 ……あの時、
 弱々しく俺に笑いかけた姉さんの表情、
 俯いて泣いていた姉さんの嗚咽、
 今でも、よく、覚えている。
 俺は、あの男が姉さんに何をやったか知った。
 俺は姉さんを清めるためのタオルを準備しながら、その冷たい重さを腕に感じながら……ただ、ただ、一つ。
 あの男を殺すことだけを、考えていた。

 姉さんを汚した男を、
 どうやって汚らしく殺すか、それだけを、……考えていた。
 あの時の、水を吸って重くなったタオルの感触、水が肌を冷やす感触、それは今でも、皮膚に残っている。



「いつか、私達は決断しなくてはならない時が来る……私達が、これからどうすればいいのか。何をするのか、正しいのか。
……それを決めなければならないとき、それはきっと、誰を真似ても上手くいかない事だと思う……誰の真似もせずに、自分の信じる道を、行くのよ。
それが、もし、大きな過ちであったとしても……母さんは、その過ちを、責めないわ。
決めた道を、力強く進みなさい……そこに何が待っていようとも。その道を選んだことは、過ちでは無いのだから……」



 ……母さんは、こんな日がいつか来ることを知っていてして、あんな言葉を遺したのだろうか。
 俺に、もう躊躇はなかった。時間はかかってしまったが、それは、もう……為し遂げられた。
 誰にも知られず、誰にもバレることなく、俺はあの男を殺して、葬式までして、……墓の前に、立つことまでしてみせた。
 ……母さん。母さんだけは、俺のやったこと、わかってくれてるかな……。
 俺には、俺にさえ、俺のやったことが……わからないんだよ。
 ただ、頭の中で優先していた命令が一つ……消えただけなんだ。
 俺の中に、何の感慨も感動も無い。罪悪感も、達成感も無い。
 ……俺は、あの男に長く、……教育されすぎていたのかも知れない。
 俺は、何なのだろう。
 罪悪感も感動も忘れて、父親殺しを遂げても平然と立っている、俺という人間は、人間性は、なあ、母さん、俺は……――――











「……エアロ、でしょ。」
 ――――その声が、どこから聞こえたのかわからなくって……一度、辺りを見渡した。目の前に姉さんがしゃがんでいるきりで、他には誰もいない。……そう、さっきの言葉は、姉さんが……ファンファン姉さんが、言ったのだ。俺と彼女以外に、言葉を発することの出来る者はどこにもいない。
「……ごめん、姉さん。……なんだって?」
「だからぁ……エアロスターが、父さんを……殺したんでしょっ、て。」
 …………。
 ………………。
 俺が黙っていると、姉さんは振り向いた。あんまり長いこと座っていたから、彼女は両親の墓を前にして涙でも零しているのかと思っていたが、その目は驚くほどしっかりしていた。潤んですらいない。じっと、俺の目を見つめていた。
 ……正直、姉さんは頭の良い質ではない。運動神経はむしろ俺より遙かに勝っていたが、勉強は俺の管轄、とでも言いたいばかりに勉強を苦手としていた。もちろん、あの男が頭の良い女などを嫌っていたせいで勉強を教わる機会が少なかったというのもあるのだろうが……姉さんが心底から勉強が嫌いだったのは、俺もよく知っている。
 だから、何で……姉さんが、何で、……俺の、……おそらく、誰にもわからないだろうと思っていた父親殺しの犯人をあっさりと言い当てたのかが……わからなかった。……不思議だった。
 姉さんはそんな俺の姿を見て、にこりと笑ってみせる。
「エアロ。あたしはね、あんたのお姉さんなのよ。これくらいわかるって。ふふふ…」
 イタズラっぽく舌を出し、はにかんだように微笑んだ。俺は姉さんの、こんな笑顔が好きだった。……ああ、久しぶりだ。まだ母さんが生きていた頃は、よく、俺に向かってこんな笑顔を見せてくれていた。……本当に、久しぶりだった。俺も思わず、笑ってしまう。
「……そうだったな。……俺は、姉さんの……弟、だもんな…………ははは、参った…。…………完璧だと、思っていたのに……。」
「うん。あたしも、お見事だと思う。あたしじゃなかったら、きっと絶対、誰にもわかんない。……あ、でも、母さんにだったらわかったかな? きっと天国で、エアロの生涯初の完全犯罪のトリックを眺めて、私の息子もよくやってくれるものだとか、感心してるよ。」
 どこからともなく、大きな笑い声が上がる。しばらく二人で、笑い合った。ははははは。ははははははは……。……敵わないな。姉さんには……。全く。俺にこんな大仕事をさせておいて…………まあ、いいんだ。俺は…………姉さんを笑わせたかったのだから。姉さんに、楽になって欲しかったのだから……――――
「…………ごめんね。エアロ。」
 急に、ぽつりと、姉さんが呟いた。
 顔を上げる。姉さんは、泣いていた。
 ……俺は、弱々しく笑った。頭を軽く垂れながら、「…軽蔑したよな。」と、誰にともなく、呟く。姉さんは首を振って、「ううん」と、言った。
「…………エアロ。弱いお姉ちゃんでごめんね…………こんなことをさせて……ごめんね……。」
 姉さんの涙がこぼれる音が、静かな夕暮に木霊する。
 ……俺は初めて、俺の過ちを知った。
 姉さんは、俺の為に……俺の罪のために、泣いてくれた。……傷ついて、くれた。
 俺はもう誰にも姉さんを傷つけさせないために、……あの男を殺したのに。……姉さんは、泣いている。
 俺が、姉さんを泣かせたからだ。
 ……自分の罪すらまともに認識できない、感動も罪悪感も欠落した……俺のような馬鹿野郎に代わって、姉さんが……俺の傷みを、背負ってくれていた。
 姉さん。違うんだ。その傷みを背負うべきなのは俺だ。だから姉さんが傷つくべきじゃない。姉さんは、傷つかなくていい。泣かなくていい。心の中で、そんな言葉を何個も呟く。だけどそれは、言葉にならない。俺もまた、両親の墓の前で、姉さんの影の前で……泣いていた。子供みたいに。激しく、泣いていた。
 ……ああ。俺は姉さんを悲しませた。だから、失敗だ。俺は、完璧に事を運べなかった……姉さんを、傷つけてしまった……。
 俺は、いつから間違ってしまったのだろう……。もう、わからない……。姉さんが汚されて、父親殺しを決意した時? 母さんが自殺した時? あの男に育てられたそもそもの最初から? いや、遡って、遡って……俺が生まれた、それ自体が、巨大な過ちだった?
 母さんは言った。「そこに何が待っていようとも。その道を選んだことは、過ちでは無いのだから」。……なら、その道を選んだのが、俺ではなかったら? 俺が選んだ道じゃない、選んだ覚えのない道で起こってしまったことは? その間違った道の上で、更に間違った選択をしていたとしたら? それは、どこから間違っていたというのだ? 誰の過ちだというのだ?
 俺は、ギリギリと歯を食いしばった。悔しかった。俺はどうしようもない馬鹿野郎だった。所詮、あの男と大して変わらなかったのだ。自分の道さえ、満足に選べない。獣道のような、鬱蒼とした場所をひたすら走って……路頭に迷う。獣道……ああ、俺はあの男を、ケダモノだと罵倒していたっけ……。
 涙が引いていく。頭が冷えていく。俺は、一歩、後ろに下がった。その音に、姉さんも顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔が、痛々しかった。
 俺は、声を落ち着かせる。何でもないことのように、とても軽いことのように、言わなければいけない。……言うのだ。言うのだ。……さあ。笑顔で。……笑うんだ!
 ……俺は、上手く笑ってみせた。多少引きつってしまったかも知れないが、それは、軽い、極めて普通の……普通の、笑顔。……だったと、思う。
「姉さん、俺………………キャベッジキャバーンに行く。」
「…………。」
 俺の言いたいことは、姉さんに伝わってくれたらしい。……あっちには、大きな学校もあるから。俺、その学校に行く。言い訳のように、そう付け加えた。が、その必要はなかったようだった。
 ……俺はもう、姉さんと一緒には暮らせない。
 俺には……姉さんと一緒にいられる価値が無い。
 自分の生活は自分で何とかする。
 だから……――――
「……あたしは、あたしで……自由に暮らせ、って?」
 …………苦笑した。
 姉さんには……何でもバレる。
 姉さんも、俺の苦い笑みに答えるように、笑っていた。
 柔らかくて甘い、けれど甘ったるくなくて、とても自然で、優しくて……俺の大好きな、姉さんの笑みだった。
「…………エアロスター。あなたは、私の一番大好きな、たった一人の大事な弟。
それだけは、……忘れないでね。」
 ……俺ははじめて、俺が守ろうとしていた姉さん自身に、俺がどれだけ守られていたかを知った。
 父の虐待の矛先を少しでも自分に持って行かせようと、姉さんがどれだけ努力をしていたか。
 ……あの時も、……俺が、あの男を殺してやると決意したあの時も……姉さんは、俺から気を逸らさせようとした結果……あんな目に、遭ったのかもしれない。
 …………姉さん。俺は、最低の弟だ。
 踵を返す。姉さんが視界から消える。俺の目が、また、涙で滲んだ。強引に擦る。また、滲む。クソ、邪魔だ……邪魔だ!
「……姉さん、………元気で。………………さよなら。」
 風が冷たい。
 夕陽が……沈む。
 静寂の丘の上に、墓地から遠ざかる俺の足音だけが響いていた。
 強くうねる風が……俺の嗚咽を、代わってくれているようだった……――――。
















「…………。」
 俺は、さっき届いた手紙を見つめながら、憮然と口を閉じていた。
「エーアロー、どうしたのー? なんで黙ってるのー?」
 ひょっこり。
 ……俺の肩の上に、そいつは何の遠慮もなくのし掛かってくる。……顔を見るまでもない。モーリィだ。俺は、じゃれてくるモーリィを乱暴に振り払う。
「わあっ!?」
 ズテンっ
 奴はそのまま肩から落っこち、その拍子にテーブルに頭をぶつけたらしい。グラサンの奥の目が、痛そうにうるうるしている。そんなモーリィを撫で撫でしながら、嫌な目つきで俺を笑うシューティ。……こいつは、バイトのくせして、俺を小馬鹿にしたような目で見ることが多い。シューティはさも悲劇的に、
「あーあー、モーリィさん、可哀想に。シスコンのご学友を持つと大変ですよねぇ。ね?」
「シューティ。他の発言はまあ特別に許そう。だがシスコンの一言だけは許せん。今すぐ訂正しろ。」
「あら、すいません。店長がさっき何て言ったのか、聞き取れませんでした。」
 ……こいつ……
 俺は、片手に握っていた手紙をぐしゃりと握りしめる。
 ……姉さん。俺は確かにキャベッジキャバーンの学校へ行った。そこでモーリィと出会い、……今ではこんな関係だ。バイト先だった蕎麦屋を前の店主から引き継ぎ、今は、ここの店長をやってる。モーリィも、夢だった自分の店(ピザ屋)を持って、現在は俺と販売競争中だ。小生意気なバイトもいる。……だが。
 俺は……別れ際に言った筈だ。……姉さん、

「エーーアーーーーローーーーーーーーッ!!!」

 勢いよく、扉が開かれのれんがはためく。
 そこには、あまりにも見知った顔が……ファンファン姉さんが、立っていた。
 …………そう。彼女もまた、俺と同じように……実家を出て、マスタードマウンテン近くに引っ越し……そこで、中華料理屋をはじめたのだった。今では、俺の蕎麦屋「楓牙」やモーリィのピザ屋「午後屋」を軽く超える大盛況だ。それならそれで、大人しく営業に励めばいいのに……
「……何で……姉さんもモーリィも、俺に構いたがるんだ。大体、俺は姉さんにしっかり言った筈だ、「さよなら」って!」
「チッチッチッ、これだからエアロは頭が硬いのよぉ。「さよなら」にはね、何重もの意味があるの。あれはね、「あの墓地からはとりあえずさよなら」って意味だと、姉さんは睨んだわ。」
「だからって、毎週毎週…………モーリィ、お前も姉さんに肉まんをねだるのは止めろ、見苦しいッ!」
「あーあー。ファンファンさん、こんな短気な弟さんをお持ちで、気苦労察します。」
「お前は出てけッ、シューティ!」
「エアロ、バイトの子にそんな口利いちゃダメよー」
「ファンファンさんのお店の肉まんって美味しいねー♪」
「あら、ありがとー♪」
 ……姉さんに俺の悪口を聞かせるシューティ。姉さんに妙に懐き、肉まんを頬張るモーリィ。そんなモーリィの頭をくしゃくしゃと撫でる姉さん。
 …………全く、俺の回りは、いつからこんなにうるさくなったのか。全く……――――。
 ……だが、こうしているのも、なぜだか……不快な気分では、なかった。
 少なくとも、この道は。
 ……俺が今立ってる道は、……間違ってなんか、いない。
 過ちばかりで蛇行した道が、こうしてこの今に繋がっている。……それは不思議な感覚だったが、奇妙な、……安心が、あった。
 ……ああ、こんな道にも……出られたんだな。
 ……明るいな……。
 …………俺は、さっき握りしめた姉さんからの手紙を、もう一度読み直した。
 そこにはごくごく短く、「突っ走って行くからね  あたしの自慢の弟へ」とだけ、書かれていた……。