X 白銀の邪竜



 ナイトメアは、気を失ったメタナイトを掬い上げる。

 ―――逃げ切れたつもりだったのか?

 確かにそう言って、ゆっくりとメタナイトに入り込んだ。
 異物にまみれて闇に染まる。
 それだけの確かな感覚。奪われた心身。





 いとも簡単に、火の手が上がる。
 いとも簡単に、平和は砕ける。

 その影絵は揺れて、弾ける火花に照らされる。
 白銀の瞳が、街を砕く。
 鈍い鉛の色の鱗、巨大な……竜の姿。





 ―――信じられなかった。信じられなかった。信じられなかった。
 目の前の光景も、惨劇も、炎の熱さも、なにもかも。

 アディアはその白い足で、必死に砂利の小道を走り抜ける。
 眼には涙が溜まっていた。悲しくて、痛くて、辛くて。
 息が上がる。それでも逃げなければいけなかった。

 どうして?
 ……どうしてですか…?

 メタナイトさん……。





 シルバーアイ。
 メタナイトがその魔獣と対峙したのは、ナイトメアの城だった。
 ナイトメアと一騎打ちになったとき、突如、ナイトメアがシルバーアイを召還した。
 銀の瞳が、殺意に燃える。
 激戦。



 それからだった。記憶がなくなったのは。
 闘って、倒して、それから……。
 胸から血が吹き出ていたのを、よく覚えている。その匂いも色も。
 けれど、それからの記憶がなかった。



 その答えは、脳に突然ぶちこまれた。
 力尽きた自分は、シルバーアイの屍とともに、ナイトメアに回収されたのだ。

 今なら、あの鱗の色素の数も、その狂気も、全て解る。



 そうだ。
 そうだったのだ。










 こ の 肉 体 と シ ル バ ー ア イ を 合 成 さ れ た の だ 。










 ―――眩暈がする。
 自我が、失われる―――。





「はぁ、はぁ…っ……はっ…!」
 熱くなった土を蹴って、とにかく逃げた。
「あっ…!!」
 ズシャア。
 痛い。
 転んだ拍子に、足を捻ってしまったらしい。
 アディアは、泣き出しそうになるのを必死で押さえて、ナースキャップを足に括りつける。せめてもの応急処置だ。
「…くぅ…っ」
 なんとか、立ち上がる。その時だった。
 ザァァ。
 凄まじい熱風が、背中を焼いた。
 狂気的なまでの殺気。

 鋼色の邪竜が、そこにいた。



 恐怖で呼吸困難になりそうだった。
 涙がボロボロとこぼれ落ちた。

 それでも……自分は、この竜の正体を知ってしまったから……翼を生やした彼の姿を見てしまったから、逃げるわけにはいかなかった。
「……先輩っ…!」
 邪竜の爪が、目の前にある。全ての動きが、遅く感じた。
 強く立ち上がり、叫んだ。

「目を覚まして下さい、先輩っ…!」





 どくん。
 沈んでいた意識が、鼓動する。
 ―――ダメだ。

 ―――ダメだ、止めろ!!!!!

 メタナイトの意識が戻り、その焼ける街に、ひとりの騎士が立っていた。
 立っていたのは、ひとりだけだった。





 アディアの頬に、涙がこぼれ落ちた。
 ふっと目を開け、彼の眼を覗き込む。
「……よかった……私…先輩のこと……信じてましたから…」
 もう喋るな。
 そう言おうと思っても、口が動かない。ただ、涙だけがこぼれていた。
 アディアは小さく微笑む。
「…私……先輩のこと……好きでした………。」
 メタナイトは、強く彼女を抱きしめる。
 嗚咽が止まらない。
「………先輩……好きです……。
……生まれ変わったら……きっと……また…………。」

 アディアの唇が、メタナイトのかすれた唇に、弱く押しつけられる。
 メタナイトは、涙を濡らしながら、強くキスを返した。










 メタナイトは、静かに、ブループラネットを去った。
 胸に、確かな、蒼い憎しみの炎を燃やして。



 魂の奥で、シルバーアイがにぃと嘲笑った。