V 夢想の記憶 ▼



 この肉体は、もう少しで消滅する。
 痛みはなく、ただ喪失感だけが漂っていた。
 炎に身を包まれながら、あのお方に抱かれて、もう一度、生を得た。





 ―――ワドルドゥは、身を包む風に目を覚ました。
 深緑の樹海の中で、僕はひとりぼっちだった。
 頭が、ぼうっとしている。

 ……いつからここにいたのだろう?
 ここはどこなのだろう?
 僕は、今生まれたのか?
 それとも、今まで生きていた?

 記憶がない。分かっているのは、自分の名前「ワドルドゥ」と、「デデデ大王に仕えること」だけだ。
 この「ワドルドゥ」という名前は、自分の本名なのか?種族名なのか?愛称なのか?
 「デデデ大王に仕えること」?それは誰?何で?何のために?
 ……不鮮明で、不確かなことばかり。
 立ち上がり、自分の肌に触れ、渇きを覚える。水が必要だ。
 よろよろと立ち上がり、水音を探す。そんなに手間はかからなかった。
 小さな滝と小川で成り立つ湖に、その姿が映し出されていた。
 小麦色の肌。幼い顔立ち。茶色の髪。群青の右眼。金の左眼。
 パシャ。
 手で水をすくい、その小さな口に流し込む。
 染み込む水分。飢えた細胞が求める。

 ……ああ、癒されている。
 生けとし生けるものとして、求めるものを求め、それに癒させる。

 バッシャーーン。
 思い切って、湖に飛び込んだ。深緑の美しい風景は、水の中から覗けば、あやふやに歪んでみえる。
 水底の闇は、自身の瞳の色を思い浮かばせた。何処までも暗い青。光から遠ざかろうとする青。
 揺らぐ水草を縫うように泳ぐ。闇色の小魚の群れが、視界から消える。
 浮上し、空気に触れると、白々と光が飛び込んでくる。影と光が飛び交うダークグリーンの森に、鳥達のこずえや虫の囁きが聞こえてくる。
 風が、濡れたワドルドゥを包む。

 ……ああ…
 僕は 今 生きている。

 消え入りそうな程の静寂(しじま)は、逆に生きている感動を与えてくれた。ワドルドゥは再び眼を閉じ、その水の中に身を任せた。



 記憶の中で、戦場の炎が、闇に揺れる。
 自分の、本当の使命を、思い出させるかのように。





「うわぁああぁ!!!」
 森全体に響きそうなぐらい大きな悲鳴だった。身体全体がぐったりとしている。

 なんだったんだろう……今の………。
 僕はこの記憶を知っている。

 ……そう……知っている……。



 ワドルドゥは、自分が少し笑っているのに気がついた。
 そして、泣いていることにも。

 どうして泣いている?
 忘れたはずの記憶を見てしまったから?

 涙を拭う。それでも涙は止まらない。
 目の前にある森の闇。
 怖かったはずの闇が、こんなにも近い存在だったなんて。



 トコン。

 自分を照らしていたランプが揺れて、倒れる。
「サスケ?」

 シュボッ!

 マッチで火をつけるような、妙な音がした。微かな火薬の臭い。
「サスケ!?」

 ドーン!!

 ドゥは爆風に吹き飛ばされた。咳き込みながら、煙でぼやける眼を開ける。
 小さな影が、ベージュの煙の中に消えて行く。
「サスケ!行っちゃだめだ!!」
 ワドルドゥも急いで後を追う。目指す場所は知っている。
 ……デデデ城。メタナイトの元へ。