黄昏は夜のために、夜はひとりの王のために



 ――――子供が、歩いていた。
 暗い部屋だ。微かに射し込んだ月明かりだけを頼りに、子供は辺りを見回して、探している。子供は、がんばって彼を見つけようとしていた。しかし、どうしても、見つからない。すぐにでも、話さなければいけないことがあるのに。子供は、クローゼットを開け、椅子の下を調べ、机の中を確認する。人間がそんな所に入っている筈もなかったが、子供は気にしなかった。今、その子の頭の中には、「彼を見つける」というそれだけしか入っていなかった。哀れな話だ。子供は、「不思議」と「無垢」だけで構築された笑顔を浮かべている。
「ナイト様ぁ、どこぉ?」
 子供は叫ぶ。返事は、なかった。何故なら、その返事よりも先に、子供の方へと向かう足音を聞くことができたからだ。子供は嬉しそうに、そちらの方へ駆けてゆく。
「ナイト様ぁ!」
 子供は、彼に抱きつく。彼は、背は低いが、とても美しい……場合によっては少女と見間違えかねないほど、可憐な青年だった。……実際は、青年と呼ぶにも相応しくないほどの年齢ではあったのだが。彼は、子供に向かって苦笑し、彼を引き離した。彼の出で立ち、仕草から、教養があり、また地位も非常に高いということが伺える。彼は、子供に向かって優しく言った。
「どうしたんだい、こんな夜更けに……アポロ?」
 アポロは、えへへと笑って、彼に微笑む。とっておきのテストを褒めて貰う前の、小学生のような表情だ。
「あのねぇ、ナイト様ぁ。
6と6がねぇ、準備ができたんだってぇ。他のみんなもぉ、いつでもいいって言ってたよぉ。
だからねぇ、ナイト様はもう大丈夫だってぇ。星にお戻りになられてはって、言ってたよぉ。ボク、それを伝えに来たのぉ。」
 アポロは、ニコニコと笑いながら言った。それを聞きながらも、彼はずっと穏やかな表情をしている。その表情のまま、アポロの頭をくしゃくしゃと撫でてやると、その子は嬉しそうに、くすぐったそうな顔をした。
「わかった……ありがとう、アポロ。
でも、みんなには、私はもう少しここに残ると伝えておいてくれ……まだ、最後の仕上げが残っているからね。これは、私でなければできない。そうしないと……せっかくのみんなの努力が、無下になってしまうからね。」
 うんうんと頷きながら、アポロは自分の頭の中に、この新しい伝言と命令を、しっかりとインプットしておく。そして、彼の前から姿を消す前に、くるりと振り返った。アポロは、細い腕を千切れんばかりに振っている。
「ボク、みんなに伝えるよぉ!
行ってくるねぇ、ナイト様ぁ!」
 彼は、ここではじめて否定の意志を示した。にこやかに笑ったまま、アポロの目線まで膝を降ろす。そして、唇に指を当てながら、言った。
「アポロ……私の名前は、ファルチェナイト。
ナイトだけじゃ、他の騎士達の名前と混同してしまうからね……これからは、私のことをそう呼びなさい。」
 ファルチェナイトは、そこまで言うとアポロの顔を覗き込んだまま、にっこりと笑った。
 アポロは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに彼と同じように、にっこりと笑みを浮かべる。まるで、若い教師と、やんちゃな学生のようだった。
 端から見れば、彼ら二人ともの掌が、本当は真っ赤な血でべっとりと汚れているだなんてことに、まるで気づくことはできないだろう。
 まして、彼らが全ての破局のための密談をしているなどと、ただの一瞬ですら――――。













 1.ハーフムーン



 ごうん、ごうん、ごうん、ごうん――――。
 宇宙を進んでいく巨大な方舟……戦艦ハルバードは、惑星ハーフムーンへと向かっていました。
 その星には、今ハルバードに乗る5人の騎士と、1人の艦長、それに、もう1人の雑用とが所属する、“星騎士団”の本部があります。

 星騎士団。それは、現在銀河中でもっとも強い武力集団であり、唯一、“魔獣”達に対抗しうるほどの力を持つ騎士達の団体でした。
 その発足は、たった1人の戦士の戦いからだと、彼らの代には伝えられています。
 誰もが魔獣達に怖じ気づき、逃げまどい、恐怖していた中で、1人だけ逃げずに戦い、最強の魔獣を仕留め、人々に賞賛された戦士。しかし、賞賛など聞く耳も持たず、次の魔獣を殺すために、別の戦地へと移ってしまった、憎しみの使者。
 人々は、彼を“星の戦士”と呼びました。
 そして、彼の称号から名付けられ、対魔獣組織として作られたのが、“星騎士団”です。
 発足から数百年、組織の大きさも、力も、地位も、銀河最強と謳われる程に膨れあがっていました。
 人々は騎士団を信頼し、幼い子供達は、いつか騎士団に入ることを、一番の夢にします。
 夢と希望と強さへの過信で際限なく膨らんだ風船は、憎しみという名の保護膜を忘れていたせいで、今にもはち切れてしまいそうです。
 さあ。どうやって派手に爆発させてあげようか?
 奴らは、その機会を楽しそうに待っていました。観察し、調べ上げ、たった一本の絶望の針で、巨大な風船を、木っ端微塵にするために。
 それこそ、その衝撃で銀河中が震える程、大きな爆発を起こすために。

 ……そしてこの戦艦ハルバード乗組員……その内の5人の騎士達は、特に特殊かつ優秀であり、“傷の深い”者達でした。彼らはそれぞれの武器の名を冠した称号を与えられ、更にその隊の名前として、隊長の称号から即した隊名……“メタナイツ”を名乗るに値すると賞された者達です。
 この物語は、彼らメタナイツ達……隊長メタナイト、そして部下のトライデントナイト、メイスナイト、アックスナイト、ジャベリンナイト……それに、戦艦ハルバードの艦長リングスと、水兵として雑用仕事に従事する少女ナギ、更に、メタナイトの親友ヘビーナイトと、もう一人……ヘビーナイトの上官であり、現在の騎士団団長……ファルチェナイト。この7人の騎士と2人の人物を中心として、語らせて頂きましょう。
 さあ……もうすぐ、彼らが戦士としてスタートした星騎士団本部、ハーフムーンが見えてきます。



「あああー!!」
 ハルバード内のダイニングルーム。その賑やかな一角から、一際うるさい大声が響いてきます。
 両手にフォークとスプーンを持って、声を上げたままの形に口を開けっ放しにしながらジャベリンナイトを睨んでいるアックスナイトを見て、メタナイトは再び、軽い頭痛を覚えていました。食事に関するこの二人の仲裁より、面倒なことはありません。
「……今度はどうしたんだ……アックス。」
 大体の検討は付いてはいましたが、一応は訊いてみます。案の定アックスは持っていたフォークでジャベリンを指し、小柄な体格に見合った華奢な腕をブンブンと振り回しました。怒りのあまり、なかなか声も出てこないようです。これだけ細い腕であの重たい斧を軽々しく振り回せるのだから、ホットビート人の血はさぞ強力なものなのでしょう。アックスは、惑星ホットビートの出身です。
「めっ、めっ、メタナイト様ぁ…!
じゃ、ジャベリンがまた……またオレのソーセージ取ったぁ!!」
 ……またこんな事か……。
 メタナイトは、もう食事くらい部屋別にしてもいいかなと思いかけましたが、まぁ、それと今の問題はまた別のものです。メタは、ちらりと「事件」の原因である(らしい)、ジャベリンの方を見てみました。彼の顔の上半分は、埋め込まれた機械の仮面のせいで見えませんが、ニヤニヤ笑った口元から察するに、アックスの反応を予め想定した、確信犯だったようです。……いつもそうだ。こいつは、自分の楽しみのために、アックスで「遊ぶ」。メタナイトはげんなりします。ジャベもジャベだが、アックスもアックスだ。せめてもう少し大人になってくれれば、ジャベのお遊びも軽くなるだろうに……メタはひとまず、無駄だと思いつつも、静かな声でジャベリンナイトに訴えます。後ろでは、メタを応援するように、アックスがフォークを持ったまま、熱い眼差しで見つめていました。……今の間に全部食べてればいいのに……。
「ジャベ……お前もいい加減にしろ。こんな子供っぽいことをやって、何が楽しい? さあ、アックスにソーセージを返してやれ。」
「ヤダね。」
 一蹴です。メタナイトは半ば呆れながら、再び面倒なお説教を再開させようとしました。しかしそれが続けられなかったのは、ジャベリンでもアックスでもない妨害のせいです。
 ガキィィン!!
 ……ジャベリンは、アックスからの戦利品であるソーセージを食べようとしていた手を止めました。彼の肘の皮一枚外側、木のテーブルの上に深々と突き刺さる鋭いフォーク。……食事中にこんな芸当が出来るのは、槍使いのジャベリンの他は1人だけです。トライデントナイトは、心の底からの怒りを込めた目で、ジャベリンを睨んでいました。
「……アックスとの件は見逃してやりましたが、メタナイト様へのその無礼な口ぶり……それだけは我慢出来ません。訂正し、謝罪しなさい。」
 ……ああ。始まってしまった……。
 メタナイトは、もはや頭を抱えたい気分でした。アックスとジャベのケンカを早く止めたかったのは、これを阻止するためだったのです。
 トライデントナイト。彼は、メタナイツ中メタナイトに最も忠実……もとい、ほとんど崇拝の域にいる唯一の人でした。メタナイトのことを絶対的に信頼し、かつ尊敬しています。……なので、メタナイトに少しでも「無礼」なことをすれば…………こうなります。
「……ほーう。何だ、いきなり手荒過ぎんじゃねぇか? なぁトラ。」
 ジャベは、乱暴にフォークを引き抜くと、それを揺らし、自分の仮面で音を鳴らしてやりました。気に障る、カチカチという音がします。
「盲信もたいがいにしねぇと、鬱陶しいだけだってのがわっかんねぇかねぇ……おいメタよぉ、ご本人からもヒトコト言ってやれよ?」
「貴様…ッ! メタナイト様を呼びつけにするなと、何度言えば気が済むのですか!?」
 もう収拾がつきません。いっそ二人とも殴って黙らせようかと思いはじめた時、メタナイトの右隣から、おろおろしたような男の声が聞こえてきました。
「や……止めるだスよぉ、二人とも!
メタナイト様も困られるだスぅ!!」
 この独特の口調。メイスナイトです。メイスは、ちらりとメタと目を合わせました。メタは目で訴えます。私は少し疲れた……少し任せる。すまん。メイスもそれに答えます。わかってるだス。何とかやってみせるだス。
 メイスは、たまに無骨で不器用な所はありましたけれど、ナイツの中で最も優しい男だということを、メタはよく知っていました。喋るのはあまり得意ではないらしいのですが、彼には独特の説得力があります。何とか丸く収めてくれるでしょう。少なくともトライデントが少々暴走気味なのです、メタが下手にケンカに関わってしまうのは、更に面倒を引き起こす事となってしまうでしょう……メタは、ふと、窓の外、暗い宇宙の方へと目をやりました。
 闇色の空に、幾つもの星の光が浮かんでいます。青、赤、金色、もしくは形容することすらできない光の色。宇宙の果てから果てまでが、こんな、星々でひしめき合った世界が広がっているのでしょう。普通は、そう思う筈です。しかし、メタは知っていました。星の光が存在することすらできない、深淵だけが広がっている真の闇の宇宙が、この世には存在していることを。
 それは、大いなる闇の者達……ダークマターと、そして自らの欲望の為だけに宇宙を侵す魔の狂戦士達……魔獣達によって、跡形もなく滅ぼされた銀河のことでした。
 宇宙には、三つの勢力があると言われています。光と希望を司る「星の戦士」、そして彼に協力する者達の勢力。闇と絶望を司り、宇宙に蔓延する哀しい魂達を吸収していく、「ダークマター」達の勢力。そして、どこから来たのかもわからない、そして彼らの真の目的すら定かではない……それでも絶大な影響力と魔力を持ち、宇宙を危機に陥れる「魔王ナイトメア」とその配下、「魔獣」達の勢力です。
 メタは、その中での「光の勢力」に属していました。あらゆる人を守るため……そして、自分の強さを極める為に。しかし、疑問や矛盾の思いが尽きることが無いことも、事実なのです。果たして、強さだけで人を救うことができるのか。地位への甘えは本当に無いのか。自分達は正しいのか、間違った道を歩んではいないのか……その答えは、あと少しの未来で、見ることができるでしょう。
 ハルバードは、後残り1時間ほどで、ハーフムーンに到着する筈です。ヘビーナイトも、ファルチェナイトも……この物語に重要な、メタナイトの問いの答えをくれる全ての役者達は、既にその星で、彼らを待っていました。
 常夜の星、ハーフムーン。
 夜しか望まなかった星に、巨大なスクリーンを張り巡らせて、人為的な昼夜を実現させた、高度すぎる文明に支配された星。
 極めすぎた強き剱は、それと同等の盾と戦って、砕け散る運命です。
 さて、彼らが最後に見る夢は何なのか?
 ……その答えも、自ずとわかることでしょう。
 物語はもう、
 はじまっています。